百原雪野:ご褒美のために暗殺をする女
――今日は三人、殺した。
百原雪野(ももはらゆきの)は、秘密結社『ロバの耳』の暗殺部隊と科学部隊を兼任している。
無口な職人気質の研究員。だが、暗殺部隊の誰よりも、殺しが上手かった。
暗殺部隊への転向を幹部たちに説得されても頑なに拒否。――が、科学部隊の上司・倉田慎一郎(くらたしんいちろう)の『交換条件』に、ついに折れた。
条件の内容は皆に知らされぬまま、百原は最も過酷な二部隊を掛け持ちすることになったのだ。
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「百原さん、お疲れ様でした。今日はもうお帰りですか?」
「いや、研究室だ」
「兼任大変っすね。頑張ってください」
「ああ、ありがとう」
小柄だが引き締まった背中になびく長い黒髪。凛としたその後ろ姿を、後輩たちは憧憬の眼差しで見送る。
無駄話をすることもない、めったに笑うこともない――いや、感情を見せることのない女を、彼らは神聖な何かのごとく慕っていた。
そんな百原は、『ロバの耳』所有ビルの地下へと迷わず歩を進めていく。
防弾チョッキを着込んだ武骨な姿から、スマートな白衣に着替えている。どちらも美しいと、評判だ。
そして地下の最奥――第九研究室。
そこで彼女は立ち止まり、慣れた手つきでパスワードを入力した。開いたドアから、暗い室内に滑り込む。
そこは、彼女のもうひとつの仕事場であり――現在この部屋にいるのは、彼女の上司ただひとりだった。
「倉田さん!ただいま戻りました!」
『ロバの耳』の、他の誰も見たことがないだろう。百原が頬を染めて笑うところなど。
「お帰り、百原さん。今日は何人殺した?」
パソコンを前に腰掛けていた男が、椅子を回転させて振り返る。
「三人殺しました」
「よくやったね。じゃあその分だけ――ご褒美をあげよう」
男が微笑むと、百原はぱっと瞳を輝かせた。
「今日と明日と、明後日も?」
「ああ、『交換条件』だからな。――ほら、おいで」
頷く間も惜しいとばかりに、百原は男のそばに駆け寄った。
そして、素早くひざまずく。
「倉田さん……」
ガチャガチャ、と音を立てて男のベルトを外すと、百原はさらに、ズボンのチャックを下ろした。
驚くこともなく、愉快そうな笑みすら浮かべながら、されるがままの上司――倉田。
百原は、チャックを開いたその先にある『それ』に、いとおしげな手つきで触れると、躊躇いもなく咥えこんだ。
「んっ……」
一心不乱に舌を動かし、そのたびに卑猥な音が立つ。
次第に、倉田の呼吸が速くなってくるが、その表情は変わらない。
「そんなにそれ、好きなの?」
「んんっ、」
唇を離し、代わりに右手を激しく動かしながら、百原は呟いた。
「だってこうしないと、倉田さん興奮してくれない……」
「そんなことないけど。雪野は俺を興奮させて、どうしたい?」
「ご褒美のセックス」
百原は即答した。
そして再び、上司のそれを口に含む。
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