無数に咲いては散る、夜空の花を見上げる香奈さん。
同じものを見たい気持ちもあるけれど、この目はどうしても、カラフルに照らされた横顔を追ってしまう。
「綺麗ねえ……」
「そうですね」
ここにいるほとんどの人が交わしているだろうありきたりな感想を、香奈さんと共有する。
瞳を輝かせる幾多の観衆、その中の『二人』であることが妙に嬉しい。
「小さい頃から来てたの?」
「そうですねえ。小さい頃は両親と兄ちゃんと来てました。戦隊ヒーローのお面が欲しくて泣いたり、帰りたくないって泣いたり。だからあんまり花火は覚えてないんですけど」
「わがままぼっちゃんねえ」
くすくすと香奈さんが笑う。
花火を見つめたまま。
こっち向いてください、と声をかけるにはあまりにも香奈さんが楽しそうで、躊躇った。
いや、こっちを向かなくてもいいか。横顔がとても綺麗だから。
もうすぐ、クライマックスだ。音も光もすごくて会話どころではないだろうからこのまま黙っていよう。
――と。
「あ、すみません」
横を通りすぎようとした男性が、香奈さんの肩にぶつかってしまった。
振り返った拍子に、香奈さんの髪が少しほどけてしまった。後れ毛が、うなじに落ちる。
「大丈夫ですか?」
「ん、平気」
香奈さんは軽く目を伏せて、ほどけかけた髪を直す。
「…………」
――思わず、呼吸が止まった。
なにげないはずのその仕草に、自分でも驚くほど心を奪われて。
「香奈さん、」
「なに?」
気づけば、零れるように呟いていた。
「好きです」
――今夜一番の大きな花火が上がり、俺の声を掻き消した。
「え?聞こえない」
微笑んで、首を振る。
いいんです、たいしたことじゃないんです。
目で合図して、香奈さんを促すように、夜空に視線を戻した。
畳み掛けるように、花火の乱れ打ちが始まって、観衆は圧倒されている。
其処此処から、感嘆の声があがる。
「すごい……」
香奈さんも、ため息をついた。
――それからしばらく続いたクライマックスショーは、唐突に終わりを告げた。
花火の終わりはいつもあっけない。
最後のひとかけらを、香奈さんと見送る。
夜空に溶けて消えてしまった残り火と、言葉。
来年も、会えたらいいと思う。
夜空が暗くなるまで気づかなかった。
今夜はとても、星座が眩しい。
「帰っちゃうのもったいないですね」
「そうね」
「ゆっくり帰りましょうか」
「そうね」
恋人の頬は、星の輝きで青く染まっていた。
end
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