と。
「……待てよ?」
ジローは何かを思いついたように真剣な表情になった。
そして、顔を上げる。
「え……?」
真剣なままの瞳と視線が合って、ジローの指先が頬に触れた。
「何、」
さっきまでとは全く違う、感情の読めない表情で、鼻先が触れそうな距離まで顔が近づく。
感情は読めないけれど、逃がさない、と言われているようで動けない。
いつも、肝心なときに私は、ジローに抵抗できないのだ。
指先を頬から首筋に滑らせながら、ジローが小さく息を吐く。
「……香奈」
私の名前を呼び捨てにしたジローの瞳に、うろたえる私が映っていた。
「…………っ、」
「こそばゆい?」
「〜〜〜〜っ!!!!」
「何か言って?」
「…………ばっ、」
いつかの、秋山相手に演技をしたジローを思い出す。あのときもこんな不遜な態度で私を呼び捨てにしたのだった。
「馬鹿野郎っっっ!!!!!!」
「うおおっっ!!??」
耐えきれなくなって、私はジローをつき飛ばした。
「ば、馬鹿はよく言われるけど馬鹿野郎は初めてのパターン!」
「なに感動してるのよ!」
肩で息をしながら怒鳴る。もちろん、深夜だから声を抑えて。
「どうですか!どきどきしましたかっ?新鮮っ?」
期待を込めた顔で問い掛けてくるジローは、へこたれない。
そんな質問に私が素直に答えられるとでも思っているのだろうか。
とはいえ、ジローがいつもの犬状態に戻ったから私は多少落ち着きを取り戻した。
「ジローっぽくない。いらっとする」
「いらっと!?また!?」
「今まで通りがいい」
「……わかりました」
とたんにジローはシュンと肩を落とす。
「調子に乗りすぎました」
「……別に、嫌とは言ってない」
かわいそうになって、つい口にしてしまう。
「いらっとするのはいつものことだし」
「香奈さん、それはどう受け止めれば……」
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