マイリトルラバー
【アルバート31歳/ミリアム15歳 秋】
いかにミリアムが俺にとって特別であっても、彼女は俺の『最初の恋人』にはなり得ない。
それを後ろめたく思っているわけではない。そもそも生きてきた年数がこんなにも違うのだから。
ただ、ミリアムにとって俺は正真正銘『最初の恋人』であり――そのことがたびたび俺の頭を悩ませている。
これまでなら『恋人』ではない相手にすら簡単にしていたこと、そのひとつひとつが、ミリアムには『はじめてのこと』なのだ。
時にはその場の雰囲気で、時には欲望のままに。深く考えもせずしていたことを、同じようにはできない。
ではどうすればいいのか。
情けないことに、これまでまともに他人を好きになったこともなかった俺には、かなりの難題だった。
抱きしめる力加減にすら悩んだこともある。
ふざけ半分に近づきすぎて逃げられたこともある。
『アルバートさんになら何をされてもいいんです』――その言葉が意味するところを、ミリアムは結局、わかっていない。
いまだに俺は、ミリアムに『恋人らしいこと』を何ひとつできてはいないのだった。
――が、そんなある日。
エサが自らこちらへ飛び込んできたのである。
「アルバートさん、アルバートさん!あのっ、はじめてのキスはレモンの味がするって、ほんとうなんですかっ!?」
仕事から帰るなり、ミリアムは泣きそうな顔で俺にとびついてきた。
「わたし……レモンはどうしてもにがてなのに……アルバートさん、どうしましょう!!!」
数少ないミリアムの嫌いな食べ物がレモンである。大人になれば平気になるだろうと俺は思っているのだが、今そのことは、どうでもいい。
「ミリアム、落ち着け。なぜ急にそんな話になったんだ」
「よく食堂に来てくれるおねえさんがおしえてくれたんです。アルバートさんと恋人になったことを話したら」
「あの食堂の関係者はくだらないことを吹き込む奴ばかりだな」
「あまずっぱいレモンの味なのよって、おねえさんはとってもしあわせそうに言うんです。でもわたし、レモンはにがてだから……しあわせ、なれないんでしょうか……」
ミリアムの育て方を間違えたかもしれない、と思うのはこんなときだ。
苦笑しながら、しがみついてくるミリアムを引き剥がし、ソファに座らせる。
「ミリアム、それはただの比喩だ。甘い砂糖菓子みたいな気分、だとか小説にもよく出てくるだろう?」
うまい例えが見つからず、気持ちの悪いことを言ってしまったが、ミリアムは目からウロコが落ちた顔をしている。
「おねえさん、『緊張してドキドキするけど、とっても嬉しくなれる』って言ってました!それが『あまくてすっぱいレモンみたい』っていうことなんですねっ?」
「そういうことだ。レモンが嫌なら、ミリアムの好きなママレードジャムの味、でもいい」
同じ柑橘類だがミリアムはママレードのジャムが好物なのだ。お気に入りの店でしょっちゅう買っている。
「アルバートさん、すごいですっ!そう言われたら、おねえさんのきもち、想像できる気がしてきました!」
無邪気に喜ぶミリアムに、笑いがこぼれる。
――だが彼女は、気づいているのだろうか。
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