カザミ将軍は、兵舎を後にすると、一旦自室の方へと戻って行った。
おそらく自宅へ帰るための荷物を取りに行くのだろう。
さすがにお部屋のそばまで忍び寄るのは憚られたので、お部屋に一番近い柱の陰からカザミ将軍の様子を伺う。
鞄をひとつだけ持って、カザミ将軍が自室から出てきた。
いよいよ、帰宅の時だ。
本当は、こんなことをするのは女官として間違っているのかもしれない。リン様にお仕えするものとして恥ずべき行為なのかもしれない。
だけど私は女官の前に、カザミ将軍に憧れる一人の女の子なのだ。
例えばカザミ将軍に奥様がいらしたなら、少し辛いけれど幸せを祈るし、おひとりなら――少しだけ浮かれてしまう、それだけのこと。それだけのことを、ただ確かめたいだけなのだ。
真面目な文官たちには「君の頭はどうかしている」なんて言われそうだけれど、どうかしてしまうのが恋だということを、彼らはきっと知らないのだろう。
ああ!思わず『恋』だなんて口走ってしまった。(実際に口に出してはいないけれど)
カザミ将軍への思いは、憧れ。憧れでじゅうぶん。恋だなんて、畏れ多い。
――と。
私が悶々と思いを巡らせている間に、カザミ将軍は、若い兵士に呼び止められていた。
「カザミ将軍、お休みだというのに申し訳ありません!すぐに済むはずですので、少しだけお時間を頂ければ……」
「それは構わないが、急ぐのだろう?すぐに案内を」
「はい!こちらで、」
何か問題が起きたらしい。カザミ将軍でなくては対処できない案件なのだろう。
カザミ将軍は兵士の後について速足で姿を消した。
しばらくかかるかもしれない。私は門の前で待ち伏せておくことにした。
「おう、ユナ。何やってんだ?」
「ちょっとね」
「相変わらずお前は自由だなー」
「そう?」
たまたま門番に就いていた仲の良い兵士に怪訝な顔をされたけれど、そんなものは軽く受け流し、じっとカザミ将軍が現れるのを待つ。
しかし。
「おい、ユナ、ほんとに何やってんだ?」
「んー……」
「誰か待ってんのか?」
「んんー……」
カザミ将軍はなかなか姿を現さない。もう一時間は経っているというのに。
見逃すはずはないし、王宮から出るにはこの門を必ず通る。
深刻な問題が起こっているのだろうか。まさかカザミ将軍しか知らない秘密の抜け道があるとか?
――いてもたってもいられなくなった私は、王宮に戻るため駆け出した。
「あ、おいユナ!……変な奴だなあ、ほんと」
兵士の呆れ声が、背中で微かに聞こえた。
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