風呂で襲いたい衝動をなんとかやり過ごし、俺と恋人は並んで湯船に浸かった。
身体が温もり、少し眠くなってくる。
「お湯、熱いですねぇ……」
「ああ、そうだな」
「なんだかのぼせてきちゃいました」
恋人は、そう言って俺の肩に頭を乗せた。
「あたま、くらくらします……」
首筋に息がかかる。
「……倒れる前に、あがったらどうだ」
「んー、もうちょっとだけ……」
髪から甘い香りがする。
「おい……」
「あのね、カズマ様。すき」
「…………」
なぜ、こんな状態で、それを言うんだ。
****
計算だ。
のぼせているわけがないだろう。
くだらない茶番だ。
羨ましくなどない。
馬鹿馬鹿しい。
本当にのぼせていたらあんなに、――
「で、殿下、ご無礼いたします!リン様が湯殿でのぼせられて……!」
「!?」
思考を遮る女官の声に、立ち上がる。
マリカが、真っ赤な顔をした妻を介助しながら部屋に入ってきた。
「か、ずまさま、すみませ、……まりか、さんも」
「喋るな。容態は?」
「すぐに医師を呼んで処置は済んでおります。じっとしていればすぐによくなると」
マリカの報告に胸を撫で下ろす。
ふらふらになっている妻をベッドに横たえると、マリカは水を用意するために部屋を出ていった。
「あたま、くらくら、します……」
小説を思い出しながら、俺は妻の額に手を当てた。
「黙って寝ていろ」
「はい、すみませ……」
そうだ、本当にのぼせていたらこうなるのだ。
代わってやりたい――いや、小説の中の『リン』が代わりにのぼせればいい、と思う。
男を誘うために嘘くさい演技をするような女と妻は、断じて同じではない。
名前に騙されるところだったが、月とすっぽんだ。
もちろん、妻が風呂でのぼせれたふりをすれば俺もそれ相応の行動に出るが。
何度も言うが、決して羨ましくなどはないのだ。
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