「カズマ様の腕、かたいですね!」
恋人が、無邪気に理性を揺さぶってくる。
「筋肉がついてます!鍛えてるからですね、かっこいいです!」
『ふたりきりになれるところに行きたい』などと言っておきながら、いざ二人になると、全く色気のない態度を取り始めた。
しかし、身体に触られる、ということは当然、本能的にぐらつくものである。
わかっていてやっているのだろうか。いや、彼女に限ってそんなことはないだろう。
「やっぱり、男のひとって全然違うんですね」
微笑んだ恋人は、自分の二の腕を、ぷに、と摘まんだ。
「私なんかぷにぷにで、恥ずかしいです」
はにかむ恋人に、なんと反応していいかわからない。
「でも、そのぶんやわらかくて気持ちいいんですよっ」
「……そうか」
恋人は、両手で俺の右手を握った。
「カズマ様、さわってみますか?」
「…………」
二の腕のやわらかさは、胸のやわらかさと同じらしい、という通説を、俺は思い出していた。
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「はっ」
阿呆か。失笑だ。
こんなのは見え見えの計算じゃないか。
くだらない手に引っ掛かりやがって、駄目男が。
だいたいこの女も、自分から誘いたいならもっとはっきりと意思表示すればいい。回りくどい。
夕食を終えて、部屋でくつろぎながら続きを読んでいたのだが、相変わらずしょうもない展開で、呆れるばかりだった。
どうせこのままなし崩しに結ばれるに決まっている。女はこんなのが好きなのか。
やはりくだらない。
と。
「か、カズマ様っ、助けてください!」
本物の妻が、情けない顔で部屋に駆け込んできた。
「どうした」
妻は、ソファに腰かける俺の隣に座った。
「二の腕の内側を、蚊に刺されて……かゆくてかゆくて……」
「…………二の腕」
「爪でばってん付けたいんですけど、自分じゃできなくて。カズマ様、ばってん付けてくれませんか?」
「…………二の腕に」
「はい……」
妻は涙目でこちらに二の腕を差し出した。
赤く膨れ上がっている。たしかに痒いだろう。
「わかった、もう少しこっちに来い」
「はい、ありがとうございます」
刺された場所に、爪で痕を付ける。本当にこれで痒みが治まるのか不明だが、本人が望むのだからいいだろう。
「…………」
「あの、カズマ様……?なんで二の腕ぷにぷにするんですか……?」
「…………」
「あの、まさか、私、太った……?」
「…………」
「か、カズマ様ぁぁ〜〜????」
最終的に、怒った妻は俺を突き飛ばし、湯殿へと逃走したのだった。
「……くだらん」
確かに、やわらかかった。
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