どうにか鼻血を止め、会場に戻った俺を、恋人が心配そうに見つめた。
「殿下、だいじょうぶですか?お疲れなんじゃ……」
「大丈夫だ、疲れているわけじゃない」
「でも……、」
「お前の顔を見たら、元気になった」
冗談めいた口調で本音を言うと、恋人は目をまんまるくして、それから顔を真っ赤にした。
「で、殿下はそうやって、恥ずかしいことを平気で言う……」
「恥ずかしいことじゃない」
「恥ずかしいことですっ!」
頬を染めたまま、ポカポカと俺の胸を叩く恋人。
そんなしぐさもまた、可愛らしい。
すると、彼女は不意に手を止めた。
そして、俺の腕を掴む。
「……だから私も、がんばって恥ずかしいこと、言っていいですか……?」
「…………」
上目遣いでそう呟き、恋人は思いきり背伸びをした。
反射的に腰を屈めると、彼女の吐息が耳をくすぐる。
「はやく、ふたりきりになれるところに、いきたいです……」
小さな囁きが、鼓膜に甘く広がった。
――口実をつけて晩餐会を中座し、俺は恋人を私室に連れ込んだ。
「殿下のお部屋、広いですねえ……!」
恋人は、何を見ても新鮮そうに笑顔を見せる。
「……ソファにでも座ったらどうだ」
「ありがとうございます」
「慣れない場所で疲れただろう。くつろぐといい」
「ふふっ、ありがとうございます。優しいですね――だったら、お言葉に甘えて」
彼女は、高い位置でアップにしていた髪をするりとほどいた。
「あちこち引っ張られて、痛かったんです、この髪型」
手ぐしを通すと、そのなめらかな髪を緩くまとめ直し、低い位置で軽く結ぶ。
控えめにうなじが見え隠れして、少し気になる。だが、見ない振りをした。
「……?殿下?座らないんですか?私だけ座っててなんだか悪い、」
「二人の時は、名前で呼べ」
恋人の隣に腰を下ろしながら、言った。
「名前って……カズマ、様?」
「そうだ」
****
やむを得ない。
男の名前を自分の名前に変換したのは、やむを得ない処置だ。
妻と同じ名前の人間が違う男の名前を呼ぶなど、いくら別人といっても気分が悪い。
しかし、この男は単純すぎないか。
呆れるばかりだが、予定より早く仕事が片付いたから、まあ、続きを読んでもいい。
くだらないが。
****
prev / next
(4/11)