紆余曲折あって、俺は想い人――リンと恋人同士になった。
今夜は王宮での晩餐会に彼女を呼び、俺がエスコートしている。
「殿下、殿下っ、この桃とってもおいしいです」
目を輝かせ、恋人がこちらを見上げる。
「そうか、よかったな」
「はいっ!こんなにおいしい桃、初めて食べました!」
あまりに嬉しそうな彼女に、思わず頬が緩んだ。
「そんなに美味いか」
「はい!殿下も食べてみますか?」
可愛い恋人がそんなに言うのなら、と大皿に盛りつけられた桃に手を伸ばす。
と、
「あっ、待って」
「?」
恋人は、自分の皿にもうひとつ載せてある桃にフォークを突き刺した。
そして、
「はい、殿下。あーん、してください?」
「…………」
『誰か!医師を呼べ!!!!殿下が鼻血を流して倒れられた!!!!』
臣下たちの叫び声が、薄れる意識の中で遠く響いた――――
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「くだらん」
何が『はい、あーん』だ。馬鹿馬鹿しい。
仕事の息抜きに少し例の小説を読んでみたが、余計疲れが増した気がする。
――確かに、妻と名前が同じであるせいで、多少、妙な気分になることは認める。
王子様とやらを、脳内で都合良く自分の口調に変換して読んでいることも認めよう。
だからといって、くだらないことに変わりはない。
断じてマリカの『萌え』とやらに共感はしない。
――確かに、妻が『カズマ様、あーん、してください?』などと言ってきたら、喜んで口を開けるだろうが、だから何だというのか。
俺はただ、妻が何をしようと可愛いと思っているだけで、別にこのシチュエーションを羨ましいと思っているわけではない。
つまり、くだらないのだ。
ただ、さっさとマリカに返すために、続きを読まなくてはならない。
読まずに返せば何を言われるか、考えただけで面倒だからだ。
「おい、」
俺は廊下に顔を出し、そのあたりを歩いていた女官を呼び止めた。
「今日のデザートは桃がいいと料理長に伝えろ」
時間を無駄にしてしまった。さっさと仕事に戻ろう。
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