女官に借りた恋愛小説の主人公が嫁と同じ名前で俺の妄想が止まらない件
ある昼下がり。
仕事が一段落し、剣の素振りでもしようと中庭に出ると、見知った後ろ姿が視界に入った。
「ふふっ……ふふふっ」
小刻みに肩を震わせ、不気味な笑い声を発している。
「おい、マリカ。気色の悪い笑い方をするな」
妻の女官に、声を掛けた。
「あらっ!これはカズマ殿下、お見苦しいところを……っ」
芝生に座っていたマリカは、慌てた様子で立ち上がった。
「非番の日にどこで何をしようと勝手だが、不気味すぎる。読書なら自室でしろ」
女官が手にしている本をちらりと見て、俺は溜め息をついた。
マリカの大好物・恋愛小説である。しかも若年層向けの。
年甲斐もなく、この女官は十代の少女が好むような恥ずかしい小説を何冊も所蔵しているらしい。
「申し訳ございません。新刊を手に入れて、しかも天気がよくてついふらふらと。――でも殿下、私が興奮してしまったのには理由があるんですわ!」
ずいっと、表紙を俺の鼻先に突きつけるマリカ。
相容れない世界観のイラストが視界を埋め尽くす。目眩がしそうだ。不敬罪ものである。
「この物語の主人公、『リン』ちゃんなんですのっっ!!!!」
「…………」
「あっ、大丈夫ですわ殿下、相手の男性は偶然にも王子様!『リンちゃん』はその方のこと『殿下』って呼ぶんですの。ですから私、リンさまとカズマ殿下に脳内変換して読んでおりましたわ!」
何が大丈夫なのかさっぱりわからない。
むしろこの女官の頭は大丈夫なのか。
だが、マリカの勢いは止まらなかった。
「『殿下』視点のお話ですから『リンちゃん』がとっても可愛らしく描かれてますの!そんな『リンちゃん』の一挙一動にいちいち身悶える『殿下』がまた可愛くて!全体的に萌えでしたわっっ!!!」
何を言っているのかわからない。
さらに、
「そうですわ!殿下、この本お読みくださいな!お貸しいたしますわ!」
無理矢理俺に本を押しつけると、マリカは軽やかなステップで去っていった。
「感想、お聞かせくださいねっ」
女官の教育について、考え直した方がよさそうだ。
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