「…………あ、」
夜も更けた公園のベンチに、見知った人影。
――どういう偶然だろう。
声を掛けようか迷い、黙って立ち去ろうかと悩み、結局は『彼』の名前を呼んだ。
「早瀬さん」
「えっ!?」
後ろ姿の肩が跳ねて、彼が振り返る。
「秋津?ええと、どうしたんだ?こんな時間に」
「早瀬さんこそ」
「あー、うん、俺はちょっと……眠れなかったから」
「僕もそんなところです」
彼の心境は手に取るようにわかった。
彼は、わかりやすい人だ。
だけど、彼はわざわざそれを僕に語るほど野暮ではない。
「垂氷さんが、」
「ん?」
「垂氷さんが言ってました。精霊に誕生日はないって」
「……そうか」
ああ、この話題はもしかすると厭味に聞こえたかもしれない。
しかし、『彼女』以外で僕たちに共通する知人はあの精霊くらいしかいないのだ。不可抗力である。
「垂氷さんがこの世界に来たのは、どれくらい前なんですか?」
「うーん、どれくらい前なんだろうな。じいさんの家に行けば家系図があるからそこに書いてあるんだろうけど……まあ、相当昔からなのは間違いないよ」
「ずっとあの姿で?」
「うん、そうらしい」
「日向さんとは違うんですね」
「最近は子どもの魔法教育の一環で精霊を召喚するからな、そういう精霊も多い。日夏が例の魔法を完成させれば日向の姿はあのまま変わらなくなるけど」
「そうなんですか。……ということは、垂氷さんが子猫だったことはないんですね」
「子猫の垂氷か。想像がつかないな」
「そうですね」
「秋津は猫派なのか」
「どちらかといえば。垂氷さんのような長毛種が特に好きです」
「あー、わかる」
僕たちは一体、何を話しているのだろう。
こんな暗くて寒い場所で、ベンチに並んで腰掛けて。
猫の話をしている。
「寒いですねえ」
「寒いな」
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
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