「昨日、腹を減らして戻るだろうから何か用意してやってくれとマリカに頼んだら、ちょうど女官たちでお前に手作りケーキをあげたいという話になっていたようでな」
私と並んでソファに腰かけた彼は、紅茶を一口飲んで「苦い」と顔をしかめた。これも彼が淹れたのかもしれない。
「それならちょうどいいと頼んでおいたんだが、さっきマリカに捕まったんだ。俺も手伝えと」
まさかマリカさんがそんな言い方をしたわけではないだろうけれど、よく彼は断らなかったものだ。
「言われてみれば、女官たちにいいとこ取りをされるのも癪だと思ってな。張り切って厨房に行ったら苺とクリームを載せる仕事しか残っていなかった」
不服そうな彼が、少しかわいい。
『張り切って』いる姿も想像がつかないけれど、きっと顔には出ていなかっただろう。
「だからせめて紅茶を淹れさせろと言ったんだが、拒否された。だから無理矢理淹れた……が、失敗だったらしい」
ここで私は我慢できずに吹き出してしまった。
やはり紅茶を淹れたのは彼だったらしい。
「何がおかしい」
あまりに彼がらしくないことをしているから、なんだか楽しかったのだ。それと同時に、嬉しくもあった。
「いいえ。せっかくなのでいただきますね、紅茶。――――ふふっ」
「だから何がおかしいんだ。まずいのはわかってる、変な気を遣うな」
「苦いですけど、まずくなんかないですよ。とってもおいしいです」
心からの言葉だった。
彼と私の立場が逆だったとしても、きっと彼は同じことを言うだろう。もちろん、心からそう言ってくれる。それを確信できることも、嬉しかった。
「ケーキもいただいていいですか?」
マリカさんたちと彼が、私のために作ってくれたケーキだ。すごく嬉しい。
うきうきしながらフォークを手に取ると、
「待て」
その手を彼に掴んで止められた。
「え?」
「今日は誕生日だろう」
「はい、えと……?」
ひょい、とフォークを奪い取った彼は、そのフォークでケーキを一口大に切った。
「あ、味見ですか?」
「阿呆。そうじゃない」
呆れ顔の彼は、一口分のケーキを私の口元に突き出した。
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