満月と白馬
蒼白い光に照らされたその場所はまるで、横たわる夢の抜け殻のようだった。
ここが夢そのものだったのは、もう十年以上も前のこと。
ささやかながらも賑わいを見せていたとある遊園地は、あるとき静かにその門を閉じた。
安いペンキで彩られていたその場所は、今ではもうほとんどの色が失われ、まるで灰色の町のようだ。
夜ともなればなおさら。
むしろ夢の名残が、恐怖すら呼び起こす程に。
華やかなライトの代わりに、月明かりだけが、この場所にぼんやりとした影を作っている。
――今夜は満月だった。
全てが止まったちいさな世界にひとつ、生きている影。
その幼い少女は毎晩、家人の目を盗んでは、廃墟のようなこの場所を訪れていた。
広い屋敷の高い塀には、こどもにしか見つけられない抜け道のような穴がある。
父親もメイドも寝静まってから、少女は猫のようにそっと、部屋を抜け出すのだった。
碧い瞳が見上げるのは、回ることを忘れたメリーゴーランド。
その中の、一頭の木馬。
「おとうさまは、わたしを遊園地につれていってくれたことがないの」
白い毛並みが美しかったであろうその姿に、少女は語りかける。
「たのしいのかしら」
しなやかな曲線を描く背に乗る自分を思い浮かべながら、少女は呟いた。
「だけど、ほかの遊園地には、あなたはいないものね」
小さな手をのばしても、柵のむこうの彼には触れられない。
「あなたのこと、写真でみたわ」
少女は、こっそりと絵本に挟んだ一枚の写真を思い描いた。
「おかあさまをのせているの。おかあさまはとってもうれしそうなの。きっと、おとうさまが写したのね」
言葉を交わすことさえ叶わなかった母親の、在りし日の姿。
少女の微かな記憶よりも少しだけ、あどけなさを残すその笑顔は、きらきらと眩しかった。
母を乗せているのは、純白の木馬。
そこに写る全てが、少女にとって夢そのものだった。
「あの日からずっと、わたしもあなたに、のせてほしかったの」
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