折れない剣
暗い街道を走る一台の馬車。
整備の行き届いていない道は、走るたびに車輪がゴツゴツと小石に当たり、あまり気分の良くない振動が身体を揺らし続けている。
しかし、目の前に座る主の眉間の皺が深くなっているのは、そのせいではないだろう。
「話にならないな」
腕を組み、真っ暗な外の景色を見るともなく眺めながら、カズマ殿下は呟いた。
「わざわざ呼びつけておいて、どれほど大層なものかと思えば」
「無駄足、でしたか」
「……今後次第だな」
先程まで行われていた会議のことである。
非公式に主要な国々が集結し、とある懸案について話し合ったのだが、殿下にとってはお粗末な内容だったらしい。
非公式な会議、という性質上、あまり多くの従者を連れて行くわけにもいかず、カズマ殿下と将軍である私だけで出向いていた。
「それにしても正装は肩が凝る」
不機嫌の理由はもうひとつあったらしい。
「お楽になさって下さい。私しかおりませんから」
私は小さく笑った。
「いや、父上への報告が済むまでは我慢する」
しかめ面をしながらも、そういうところは律儀な主である。
私も正装をしている、というせいもあるだろう。一人だけ楽をするわけにはいかない、などと考えているのだろうがそれは口にしない。そんなところも非常にカズマ殿下らしかった。
「しかし、父上にはろくな報告ができそうにない。この間も――――」
言いかけたカズマ殿下の動きがピタリと止まる。
「カザミ将軍」
「ええ。――少し、多いですね」
鋭い視線を油断なく周囲に向けながら、剣に手を掛ける主に、私は低く答えた。
襲撃者の気配。
息を潜めていても、隠し切れない殺気がこちらにその存在を気取らせた。
「……停めなさい」
御者に小さく指示する。
御者は私たちの張り詰めた空気に気付き、無言で頷いた。
道の脇に寄せて停まった馬車から、先に私が降りる。
「まだ少し距離がある。――乗馬はできるな?」
御者に問うと、彼は再び頷いた。
馬と車を繋ぐ縄を剣で切る。
「王宮に報せを。援軍を寄越すようにと伝えてほしい」
「はっ!」
御者が返事をした時には、十人は軽く超えているであろう襲撃者たちがすぐそばまで迫っていた。
御者はただ「王宮でお待ちしております」とだけ言うと、後ろも振り返らずに駆けて行った。
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