少女と傭兵のみじかい冒険の話
始まりは、突然だった。
「傭兵さん、私、貴方を雇いたいんです。いくらでペガサスのところへ連れて行っていただけますか?」
「……俺のことを、一体誰に聞いたんだ」
酒場に現れた、この場にそぐわない少女。彼女が微笑みと共にぶつけた言葉に、眉を潜めた。
「ちょっとした、知り合いから」
「見るからに貴族のお嬢のあんたが、どこにそんな下賎なツテを持ってるんだよ」
「貴族はもういません。私も貴方も同じ、この国の民のひとりでしょう?」
「建前はな」
少女に嘲笑を投げる。
この国から身分制度が撤廃されたのは、ほんの数年前のこと。
国民は皆、等しくあるべきだという高尚な考え方によって、貴族というものはこの国から消えた。
とはいえ、その肩書がなくなっただけで、何の意味があるのか。いまだこの国は貧富の差も顕著であり、金のために他人に使われることを生業とする不穏な目付きの連中も、街に溢れ返っている。
もちろん、その一人であることは否定しようがない。
所詮はお偉方の自己満足――この国はかりそめの理想郷として、今日も廻っている。
「お話、逸らそうとなさっていません?」
焦げ茶色の長い髪と同じ色の瞳が、こちらを覗き込んだ。
「……あんたがペガサスだなんて夢物語を口にしたからだ。関わりたくないね」
「だけど貴方は、見たのでしょう?翼の生えた馬を。そして命を救われたのでしょう?」
「本当に誰がそんなことをぺらぺらと」
頭を抱える。
「事実、ですか?」
「デマだ」
「事実、なのですよね?」
「人の話を聞いていなかったのか」
「いいえ。だけど、事実、でしょう?」
天井を仰いで溜め息をつく。
「……そうだよ。と言っても誰も信じちゃいないし俺自身も夢かもしれないと疑っている」
「崖から落ちて、助けられたのだとか」
「ああ、ある戦争に首を突っ込んでいてな。敵兵と揉み合って崖から落ちた。死ぬことなんて怖くないと思っていたが、咄嗟に死にたくないと願った。次の瞬間、翼の生えた馬の背に、俺はしがみついていた」
久しぶりに他人に話した。それも、死にたくないと考えた――そんなことまで。
「そのペガサスは俺を乗せて空中を駆けていたが、しばらくして崖下の川のほとりに俺を降ろした。そのまま空に戻り、見えなくなった」
なかば朦朧としたまま野営地まで戻り、仲間たちに迎えられながら、ぼんやりと口にしていた。『ペガサスを見た』と。
皆、大笑いをした。
伝説上の生き物だ。絵本の中にしか存在しない。頭でも打ったのだと。
ただ一人、最年長の老兵だけが『このあたりにペガサスの住み処があると聞いたことがある』と興味深そうにしていた。
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