非協力的な『講師』を、マリーはじとりと見上げた。
「こういう男が恋と結婚は別だって言って得意げに浮気をするわけね」
「男女のことは何もわからないなんて言うわりには知ったような口を聞くな。俺は今までじゅうぶん独身生活を楽しんだから、そのぶん結婚相手はちゃんと大事にしようと思っているよ」
「もう飽きるほど女遊びは堪能した、ってわけ」
「そこまでは言ってないだろう」
「それに龍之介、恋って落ちるものなんでしょう?結婚した後、別の相手に落ちないと言い切れるの?」
無礼にも人差し指を向けてきたマリーに、高遠は苦笑した。
「話は逸れてるが痛いところを突くな」
「それを考えたら、恋に落ちた相手と結婚できればいいんでしょうけれど、世の中ままならないものよね」
マリーは腕を組み、自分の言葉に自分で二度頷いた。
「結婚相手に恋ができれば簡単なんじゃないか?」
「『落ちる』なんて言われたら、それこそ奇跡的なことだという気がしてきたわ」
「その通りだな」
そこでマリーは思い出したように尋ねた。
「龍之介、まだ独身なんでしょう?ご結婚の予定は?」
「どうだろうね」
にこりと笑う龍之介に、マリーは『貴方もいろいろ大変なのね』と一人で納得した。
彼女自身、憧れてしまうようなおしどり夫婦を見たことはあっても、最初から結ばれたいと望んだ相手と結婚した、という夫婦にはめったにお目にかかったことはなかった。
一人異国で商売をしている、気楽な身分に見える高遠にも何かとしがらみはあるのだろう。マリーはそう結論付けたが、彼の事情を詮索することはしなかった。
「なんとなく憐れみの視線を向けられているように感じるんだが」
「そんなことないわ。仲間意識が芽生えたのよ。それと、完全な自由ってどこにもないのかしらって思って」
マリーの言葉に、高遠は小さく微笑んだ。
「完全な自由なんてないから、楽しいんじゃないか?例えば今、君と俺がこうしているのも」
すると、マリーは瞳を輝かせた。
「それってとっても素敵な考え方だわ!」
結局、『恋人のレッスン』は行われることはないまま、夜は更けていった。
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