「父様のことがどうしてわかるの?」
マリーは、少しほっとしたような表情を浮かべながら、高遠に尋ねた。
「君を見てたらわかる。しかしその相手が父上の前では猫を被っているかもしれないから、多少は警戒した方がいいかもしれないな」
「警戒って、旦那様になる人を?」
「無防備すぎると泣かされるはめになるかもしれない、ということ」
「さっぱり意味がわからないわ」
「まあ、それは概ね相手側の問題だから君は知らなくていいことだ」
高遠は立ち上がり、棚の上に置かれた本を手に取ると、無造作にページをめくった。
「だったらどうして言ったのよ」
「とくに理由はない。まあ実際のところ、君はそのままでじゅうぶん夫に愛されるだろうからわざわざレッスンなんてものをすることもないだろう。早々と知識をつけて、結婚後の夫のたのしみを奪うのも難だしな」
それを聞いたマリーは眉を潜める。
「なんとなく今のは変態じみたことを言われたのだと感じたわ」
「誤解だ」
マリーの非難がましい視線を、高遠は本で顔を隠して遮った。
「でも龍之介、そんなこと言われたらむしろやる気が出てきてしまったわ。やっぱりレッスンをしてちょうだい!」
マリーは、なかなかやっかいな思考の持ち主であるようだった。
高遠は、彼女のそんな反応に苦笑する。
「全く、わがままなレディだな。で?何を教えてほしいんだ?」
「そうねえ、龍之介は、お嫁さんになる人がどんな女性だったら嬉しい?」
「質問か、実践じゃなく」
高遠はがくりと肩を落とした。
「俺の嗜好を聞いたところで、それが一般論だとは限らないぞ。俺は英国人じゃないしな」
「参考までに、よ」
実に他愛もない『最初のレッスン』に、高遠は頭を掻いた。
「そうだな、俺の仕事を一緒に楽しんでくれる女性が嫁に来てくれたら嬉しいだろうな。仕事上でも相棒になってくれたらもっと理想的だ」
「それってとても素敵だけど、参考にならないわ」
マリーは不服そうに唇をとがらせた。
「だから一般論じゃないと言っただろう」
「それにしたって。私が貴方と結婚するなら相性抜群だったかもしれないけど……あっ、そうだわ。じゃあ、恋をするならどんな相手がいいの!?」
マリーは質問を変えた。
しかし、今度の高遠の答えも、彼女が期待した類のものではなかった。
「恋というのは落ちるものだというから、相手の希望を事細かに述べたところで意味はないだろう。それに恋と結婚はまた別の話だよ」
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