殊勝にそう言った後、マリーはいたずらっぽく高遠に笑いかけた。
「だけどね?ちょっとだけ父様を困らせてやりたいの!だって結婚のことを黙ってるなんてフェアじゃないでしょう?こちらもちょっとしたいたずらでやり返すの」
「……それが『駆け落ち』と?」
「もちろん『ふり』よ!本当に私と駆け落ちしてくれなんて言わないわ。私は貴方を連れて父様のところへ行き『結婚なんかしたくない、だって私はこの人を愛してるから』って泣くの」
「それは一体何が楽しいんだ?」
呆れ顔で高遠が言うと、マリーは跳ねるように立ち上がった。
「父様の慌てる顔が見たいのよ!父様ったら私にめろめろだけどいつも余裕しゃくしゃくで取り乱したりしないんだもの」
「成る程。親子喧嘩以前の子供の悪戯に俺は巻き込まれるわけですか、レディ」
「日本人のくせに嫌味ね!ミスター」
「『日本人のくせに』は偏見だ」
「だって今まで私がお話したことのある日本人はみんな穏やかでにこにこして優しかったわ。貴方みたいに無愛想な人初めて」
「それは君が商売相手の娘さんだったかだろう」
「もしかして父様のこと知ってるの?」
「まあな、骨董収集家として有名だからね」
「だったらこの機会に貴方の名前も売れるわ!いい話だと思わない?」
「むしろ大事な娘にちょっかいを出した害虫として排除されそうだ」
「父様は面白いことが好きなのよ。狂言とわかったらきっと大笑いして、付き合ってくれた貴方のことも気に入るわ」
会話の応酬を、ため息で終わらせたのは高遠だった。
「……まあ、暇潰しにはちょうどいいか」
それを聞いてぱっと顔を明るくしたマリーは、思い出したように尋ねた。
「そういえば貴方はご旅行でこの船に?」
「……ちょっとした約束があってね、でももう済んだ」
「そうなの!?とっても好都合だわ!私の大好きな日本人だから駆け落ち相手としても申し分ないし、素敵!わくわくしてきたわね、龍之介!」
「わくわくはしないが……まあ、俺も悪ふざけは嫌いじゃない。できるところまでは付き合うよ、マリー」
こうして、父親の慌てた顔を見るため――という実にささやかな目的を掲げた少女の悪戯計画は、実行に移されることとなった。
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