鳥たちの声で目を覚ました少女は、自分がベッドの中にいることを不思議に思った。
屋敷の屋根から、どうやってここへ戻ったのか。
それはつまり、昨夜のことは夢だった、ということだろうか。
そう思うと、少し悲しかった。
着替えを済ませて、ぼんやりと廊下を歩いていると、掃除をしながらお喋りに興じるメイドたちの声が聞こえてきた。
「すぐそばの遊園地、今日やっと取り壊されるそうよ」
「夜なんか少し不気味だったものね、よかったわ」
「次はホテルが建つそうね」
少女は、走り出した。
お嬢様がいらっしゃらないわ、というメイドたちの声をかすかに耳に拾いながら、毎晩してきたように屋敷を抜け出す。
外は、青い空が、痛いくらいに眩しかった。
息を切らし、いつもの場所にたどり着く。
『立入禁止』の札を、少女は無視した。
遊園地だったその場所は、すでにほとんどが瓦礫の山と化していた。
「……メリーゴーランド」
今まさに、無慈悲な重機に押し潰されようとしている、木馬たち。
待って、と叫びかけた少女は、気付いた。
「おうまさんが、いない」
純白の木馬は、そこにはいなかった。
一頭分の空白だけが、そこにある。
気がついた作業員たちに腕を引かれながら、少女は昨夜のできごとが夢ではなかったと確信していた。
白馬は、どこかへ帰って行ったのだ。
「だったら、またいつか、あえるでしょう?」
少女は晴れた空を見上げて呟いた。
それがいつかはわからないけれど。
生きているうちかは、わからないけれど。
その時までわたしは、この碧い瞳で、たくさんの『知らない世界』を見たい。
ぜんぶを、焼き付けたい。
だから。
「空のむこうで、まっていて」
少女がそう願った時、遠くから彼女を呼ぶ、父親の声が聞こえた。
end
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