少女の視界に、見慣れた風景が戻ってきた。
まだきらきらと輝き続けている遊園地を飛び越え、白馬は大きな屋敷の屋根に着地した。
「わたしのおうち、しっていたの?」
「今夜は三度目の満月ですから」
白馬から降り、彼らは屋根の上で向かい合った。
少女には白馬の言うことはよくわからなかったが、三度目の満月というのは特別なものなのだろうと思った。
「ここでお別れです、碧い瞳のお嬢さん」
白馬は静かに言った。
「最後に、とても素敵な思い出を頂きました」
「さいご?わたし、またあなたのところへ行くわ?」
白馬は、それには答えず小さく笑った。
「お父さんを、大切にしてあげてください。それから、あなた自身も」
この白馬とこうして言葉を交わすのは今日限りなのだと、少女は悟った。
だから少女は、白馬の首に小さな腕を回した。
少女の胸に抱かれるように、白馬は頭を低くする。
「わたし、今日のこと、ぜったいにわすれない。おとなになっても、おぼえているわ」
廃墟のような遊園地の片隅に佇むメリーゴーランド。
純白の木馬。
彼の背に乗り、知った世界。
もらった言葉。
あふれるくらいの『とくべつ』は、少女にとっての初恋だったと、彼女が知るのは、まだ少し先のことだろう。
誰にも言わない、少女だけのひみつの、夢のような、初恋。
しかし今このときの少女は、心にわきあがる想いに、ただただ息が詰まりそうだった。
「私も忘れません」
白馬は、ゆっくりと少女から離れた。
「ありがとう」
何か、もう一言でもいいから、何か、伝えなくては。
そう思うのに、いま少女が知っている言葉だけでは、彼女の想いをかたちにすることはできなかった。
黙って純白の背中を見送る。
その姿は、満月のなかに消えていったように見えた。
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