船上の愉快犯
ユニオンジャックを誇らしげにはためかせながら、一隻の客船が海原を進んでいる。
天気は上々。
甲板は、心地良い風と陽光、そして空と海の美しい青色に誘われた人々で賑わっていた。
彼らのほとんどが、上等な衣服に身を包んだ英国人である。
この船は、上流階級の人々を中心に人気を博している豪華客船であった。
そんな中でひときわ目を引く美しい少女が、ブロンドの髪を揺らしながら船内を駆け回っていた。
淑女らしからぬ振る舞いに眉を潜める者、何かあったのかと首を傾げる者、彼らの視線には構うことなく、少女は走る。
何かを探すように、落ち着きなく目線を動かしながら、少女は一等客室の並ぶ廊下を通り過ぎた。
階段を駆け降りると、そこにあるのは素っ気ない作りの二等客室だ。
左側、三番目の扉を、少女はノックする。
「ミスター?開けてくださる?」
ノックを十回ほど繰り返したところで、ゆっくりと扉が開いた。
「思いがけないお客だな。迷子ですか?レディ」
一瞬だけ目をまるくしながらも、すぐにそつなく微笑んだ部屋の主は、寝癖のついた黒髪を申し訳程度に撫で付けた。
階上の人々とは違い、白いシャツに黒いズボンという質素な出で立ちである。
「違うわ、貴方にお願いがあって来たのよ。貴方、日本人でしょう?」
「まあ、どう見ても英国人ではないだろうな。で、お願いとは?俺…私が日本人であることと何か関係が?」
男の問い掛けに少女はにこりと笑った。
「せっかくなら日本人がいいと思っていたら、ちょうど貴方を見掛けたからよ。お部屋を探すのに苦労したわ。てっきり一等のお客だと思っていたから。――ええと、お話が長くなりそうだから、お部屋に入れてくださらない?」
「妙齢の、それも上流階級のお嬢さんを部屋に連れ込むのは気が引けるな」
「私のお願いっていうのは、まさにそのことなの。だからむしろ、連れ込んでちょうだい?」
男は、さすがに戸惑いの表情を浮かべ、いたずらっぽく微笑む少女の瞳を見つめた。
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