「おうまさんが?」
「生きていないものにも、願う心はあるのですよ」
彼の願いは何だったのだろう、と少女は首を傾げる。
「お母さんのことは、よく覚えています」
ふいに白馬が漏らした言葉に、少女は彼の瞳を見つめた。
「おかあさま、を……?」
「メリーゴーランドに乗るときはいつも、私を選んでくれていました」
恋人に幸せそうに手を振って、と白馬が付け加えるように言ったその恋人とは、少女の父親のことであろう。
「いつかあなたのお母さんが呟いていたことがあります――『空のむこうへいけば悲しみはなくなるのかしら』と」
白馬はそう言って、空を仰いだ。
「そんなことはないわ」
少女は静かに首を振る。
「どこに行ったってきっと、ひとりだったらかなしい。だれかと行くから、かなしみは少しだけちいさくなるのよ」
母は、父を置いていってしまった。
だから、残された父も、きっと母も悲しい。
病弱だった母を幾度も連れて行った遊園地を、父は嫌いになった。
母親に似て身体が弱い少女を、遊園地には連れて行ってくれない。
悲しみのない場所なんてないと、少女はすでに知っていた。
それが、絶望すべきことではないということも。
少女の目には、白馬が微笑んだように見えた。
「あなたはお母さんと、瞳の色がおそろいですね」
のぞき込むように、白馬は首を低くした。
動きに合わせて、たてがみが微かに流れる。
「海や空――私の知らない世界をすべて閉じ込めた瞳」
屋根のついた回る小屋で、前を走る木馬の背だけを見てきた彼は、言った。
「きっと、その瞳のように、世界は美しいのでしょうね」
「いまのあなたは、じぶんのちからで見にいけるわ」
少女は、白馬を見つめ返した。
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