ひとまず『おつかい』そのものは無事に済み、俺はとりあえず胸を撫で下ろした。
後は帰るだけだ。
ミリアムは嬉しそうな顔ですたすたと早歩きをしている。
重いものを持ってそんなに急いだら転んでしまうかもしれない、と不安に思ったが、これでも彼女は『公園以外の場所では走り回るな』という俺の言い付けを守っているつもりなのだろう。
そんなに早く帰りたいのだろうか。
慌てなくても誕生日は逃げたりしないというのに。
――と。
ふいに道の右手側に目を遣ったミリアムが、その場に急停止した。
視線の先にあるのは、花屋だ。
「……?」
ミリアムはたまにステラと一緒に庭をいじっているが、わざわざここで足を止めるほど花が好きだっただろうか。
ミリアムは何かを思いついたように、花屋に駆け寄った。
俺は眉を潜めながらその様子を見守る。
「あの、すみません。このおはなをかうには、このおかねじゃたりませんか……?」
ミリアムは、店員の若い女性におずおずと話し掛けた。
ミリアムは少し人見知りの気があるから、会ったこともない大人に自分から話し掛けるなんて、意外だった。
「……そう、ねえ」
店員は、ミリアムの手に握られた硬貨と、彼女が指差した花を見比べ、苦笑した。
「このお花、好きなの?」
店員がミリアムの前にしゃがみ込む。
するとミリアムは、こう答えた。
「アルバートさんに、あげたいんです」
「アルバート、さん……お兄さんか何か?」
「ちがいます。だけど、わたしのいちばんだいすきなひとです」
迷いなくそんなことを言うミリアムを見て、俺は頭を抱えた。
そもそも花なんて柄じゃないし、貰ったからといってどうしろと言うのか。
だいたい見ず知らずの人間に、『だいすき』なんてそんなことを臆面もなく言うものじゃない。家族ならまだしも。
「そのアルバートさんは、このお花が好きなの?」
「わかりません。だけどこのおはな、とってもきれいです。ステラさんが『きれいなおはなをみてえがおにならないひとはいないんですよ』っていってました。わたしはアルバートさんに、たくさんえがおになってほしいんです」
「そう。そのアルバートさんって人は、幸せ者ね」
店員は微笑んだ。
「これ、ほんとうはステラさんのおかねだけど、わたし、おてつだいしてかえします。だから……」
それを店員に言っても仕方ないだろう。
だが、店員は楽しそうにクスクスと笑った。
「わかったわ。特別サービスね?」
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