「ぎゅうにゅう、こむぎこ、いちご、……」
覚える必要などないのに、ミリアムはステラが書いた紙に顔を埋めるようにして歩いている。
ものを読みながら歩くなと以前教えたはずだが、全く守れていないではないか。
何かにぶつかったらどうする。
俺は気が気ではなかった。
しかし、ミリアムには黙って着いて来ている以上、出ていくわけにもいかない。
ステラの友人がやっている店が近所でよかった。
彼女の判断はいつも的確で、俺はたびたび助けられている。
――とはいえ、ミリアムにとっては大冒険だろう。
彼女はしばらくステラの書いた紙とにらめっこした後、ステラに持たされた財布を何度も確認し、道順が間違っていないか確かめるようにきょろきょろと辺りを見回した。
その表情は、真剣そのものだ。
「……世話の焼ける」
本当なら今頃は、昼寝を楽しんでいたはずなのに、何でこそこそとこんなところに隠れていなくちゃならないんだ。
「俺が『買って来る』なんて言ったせいか」
余計なことを言ったのは、ステラではなく俺の方だったようだ。
あの時は、いつかステラに『ケーキなんかガキの頃から飽きるほど食べてるからいらない』などと言い捨てた自分をさすがに恥ずかしく思ったのだから仕方ない。
ケーキを食べたことのないミリアムのため、なんて思ったわけじゃない。ただの罪ほろぼし代わりだ。
しかし、軽率な行動をした自分に、今の俺は盛大に後悔していた。
俺が何度かため息をついている間に、ミリアムは目当ての店にたどり着いていた。
「こんにちは、ステラさんのおつかいできました、ミリアムといいます。あの、おじさん、このかみにかいてあるものをください」
ミリアムは、ステラに教えられた通りに店主に話し掛ける。
「ああ、ステラが時々連れてる嬢ちゃんか!一人でお使いとは偉いじゃねえか、ちょっと待ってな」
紙を受け取った店主は、素早く商品を集め、紙袋に詰めた。手際のいいオヤジだ。
「ほら。ちょっと重いから気をつけな」
「ありがとうございます!これ、おかねです、たりますか?」
「ああ、ちょっと釣りが出るくらいだ。ほらよ」
ミリアムは、店主に返された釣銭を財布にしまった。
「何か作るのかい?」
「はい!アルバートさんのおたんじょうびのケーキです!」
店主の問いに、ミリアムは笑顔で答えた。
「ああ、ステラが奉公してるダメ兄ちゃんか」
ちょっと待て、それは俺のことか。
抗議したかったが、もちろんそんなわけにもいかず、俺は物陰で舌打ちをした。
「兄ちゃん、あんたを可愛がってんだってなあ!まあ、今日は頑張って喜ばしてやれ」
「はい!ありがとうございます!」
――ここの店主に、俺は様々な誤解を受けているようだ。
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