――やっとこの日が来た。
ドジで泣き虫で頼りない僕に、呆れながらも優しくしてくれた主の、役に立てる日が。
『あんたドジばっかりだから、このままじゃいつまで経っても生まれ変われないと思ったのよ』
そう言って僕に、『花婿の使い』になることを命じた主。
お父上譲りのバイオレットブルーの髪に、お母上譲りの澄んだ瞳。
誰もをかしずかせる女神の美しさと、微かに残る少女のあどけなさを併せ持つ主――彼女が選んだのは、人間の少年だった。
黒い髪、黒い瞳、褐色の肌。
夜の宮殿に相応しい風貌のその少年は、しかし、少しばかり粗野なところが目についた。
目上の者への敬意なんてこれっぽっちも払っていないし、口も悪い。
天使長たちは『天使なら羽根をむしってやるのに』なんて言いそうだ。
だけど、この少年には確かに、主に選ばれた『何か』がある。
一年もの間、少し高いところから彼を眺め続けた僕には、そんな確信があった。
きっと主を愛してくれるだろうということも、わかっていた。
そしていつからか、僕は、少年の方も主を待っているのではないかという錯覚をおぼえるようになった。
ときおり夜空を見上げる彼の瞳には、意識はしていないだろうが郷愁のようなものが浮かんでいる気がするのだ。
もしかしたら、身体のどこかに、天使だった頃の記憶が染み付いているのだろうか、なんてありえないことを想像する。
人は、死ぬと天使になって徳を積み、再び生まれ変わる。
言ってしまえば僕の先輩にあたるこの少年は、一体どんな天使だったのだろう。
いや、そんなことはどちらでもいい。
大事なのは、これからのことだ。
そのためにはまず、僕は『花婿の使い』として一番大切な仕事を、果たさなければならない。
草むらにあぐらをかいて、星を数えている少年に、背後から近づく。
今日が、その日だ。
彼の瞳に、僕が映る。声が聞こえる。
それが全ての、始まりなんだ。
「――――」
その名前を呼ぶために、僕は大きく息を吸い込んだ。
end
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