「ほんとに婚儀が済むまで待ってくれないの?」
「や、いいよ。水差すだけだろ」
「そんなことないのに……」
心細げに眉を下げるサーシャに、俺は苦笑を返す。
サーシャが夜の宮殿に来て、半年が過ぎていた。
数日前、ハジャルとサーシャの婚儀の日取りが決まり、俺はハジャルに『一刻も早く人間に生まれ変わらせてくれ』と頼んだ。
ハジャルにも同じことを言われたが、とにかく早い方がいいんだと押し切った。
――そして、今日がその日だった。
『転生の扉を越えて、再び生まれ変わった時には、人間界では数百年から数千年が経過しているだろう。数日の遅れなどあまり関係ないと思うぞ?』
前日にもハジャルに説得されて断ったことは、サーシャも聞いているだろう。
「機を逃したら、ずるずる居座っちまいそうだからな」
それは半分嘘で、半分本音だった。
「……だけど、扉をくぐっちゃったら、もう会えないじゃない」
サーシャは瞳を潤ませる。
「ハジャルがいるだろ」
「ハジャルはハジャルよ。ヨタカはヨタカだもの」
「……」
サーシャの隣ではハジャルが俺と同じような表情をしていた。
「サーシャ、ヨタカが決めたことだ。あまり困らせてはならん」
「……うん。わかってるわ、だけどやっぱり、寂しくて」
小さく微笑んだハジャルが、俯くサーシャの頭を優しく撫でる。
再び顔を上げたサーシャは、涙を拭うと俺に笑顔を向けた。
「――ヨタカ。ここに連れて来てくれて、ありがとう。あんたが一年間ずっとあたしを見ててくれて、このひとの花嫁になれるって思ってくれたから、あたしは今ここにいるんでしょう?」
「……俺はただ、」
本当は、お前にこっちを見てほしくて、俺に気付いてほしくて――そう思いながらずっと見ていただけで。
話したくて、名前を呼んでほしくて、笑顔を向けてほしくて――連れて来ただけで。
「本当にありがとう。ヨタカのこと、大好きよ」
――その言葉を聞いて、驚くほど穏やかな気持ちになっている自分に気付き、俺は微笑んだ。
「俺もだ、サーシャ」
prev / next
(17/20)