「抗えない、か」
広間の隅にしゃがみ込み、俺はひとり呟く。
「……一年だ」
一年も同じ人間を見続けていれば、情が移る。
それだけのことだと思っていた。
だけど、彼女の瞳が俺を捉えた瞬間――気付いてしまった。
『それだけのこと』ならどんなによかっただろう。
叶うことは始めからありえない相手だった。
人間だったなら奪えたかもしれない。だけど人間になるには彼女を神の花嫁にするしかない。
――それになにより、俺はたぶん、主が好きだった。
奪うなんて真似が、できるはずもない。
生きていた頃は知ることもなかったこの気持ちは、すがすがしいくらいに一方通行だ。
辛くてたまらないのに幸せで、罪悪感に苛まれながらも飽きずに焦がれる。
手に入らないことが決まっている――それなのに欲しくてしかたがないもの。
こんなことを教えたくて、ハジャルは俺を拾ったんだろうか。
「……だけど今、どんな瞬間よりも、生きてるって気がするんだ」
生きているということ、ハジャルはそれを伝えたかったのかもしれない。
――それはあまりにも、残酷な方法だったけれど。
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