ハジャルがサーシャをどこに連れて行って何を話したのか、そんなことは俺の知るところではない。
「ていうか、知りたくもねえ……」
誰もいなくなった部屋に、聞かれてはいけない本音が静かに響いた。
ひとつため息をついてから、部屋を出る。
「酒でも飲むか」
突然手持ち無沙汰になってしまい、俺はふらふらと宮殿をさまよい歩いた。
と、噴水のある広間で、人影がふたつ――抱き合っていた。
「愛してるわ」
「僕もだよ」
男女の天使たちは、軽く口づけを交わしてから「おやすみ」と囁き合い、それぞれ逆方向へ歩き出した。
女の方がちょうどこちらに向かって来る。
その顔は、よく知っていた。
「あら、ヨタカ」
俺に逢瀬を見られたであろうことは全く気にするそぶりもなく、彼女はひらひらと片手を振った。
「おう、ネム。相変わらず色ボケてんな」
「恋は素晴らしいものよ?」
ネムは、にこりと微笑む。
「あんたらはいずれ人間に生まれ変わるじゃねーか。今はいわば繋ぎだろ?恋人なんて作る意味あんのか?」
なんとなく、八つ当たりがしたい気分だったのかもしれない。しかしそれは、純粋な疑問でもあった。
ネムたちに限らず、天使たちの間に恋愛関係が生まれるのはよくあることだった。
しかし、ネムは唐突で無礼な俺の問い掛けに動じることもなく、ますます楽しそうに笑った。
「人間だっていつか死ぬわ。別れが来るのはいっしょ。それなのに恋をするんでしょう?永遠なんてないのに、憧れる」
それにそんな難しいことを言われたって、とネムは付け加える。
「本能には抗えない。いつだって私たちは、今しか見えないものなのよ」
「……」
黙っていると、ネムは俺の頬を片手でぺたぺたと叩いた。
「そんなこと言うヨタカこそ、最近恋でもしてるんじゃないの?顔つきがやさしくなった気がするけど」
「……」
俺はその言葉にも、返事をすることができなかった。
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