「まあ、神様ってのはある意味ものすごい純粋な生き物だからな。だから残酷な仕打ちも平気でするんだろうが……うちの主はまた、どっか抜けた純粋さだよな」
俺が言うと、何故かサーシャは顔を曇らせた。
「そうね、いっそ残酷な方が本人の気が楽なんじゃないかと思うわ」
「……?」
「水鏡を覗き込んで、眠れない夜を過ごす人間たちを見るたびに、自分のことみたいに辛そうにするんだもん」
「あー……」
ハジャルの部屋には、人間界の『夜』を見ることのできる水鏡がある。
それでサーシャのことも見つけたわけだが。
「自分には何もできないってことが心底悔しそう。――神も万能じゃないのね」
「……だから花嫁をとるんだろ」
「それってつまり、あたしも神になるっていうことだわ。とても無理な気がする」
「万能じゃなくていいんだ、できるだろ」
俺が言うと、サーシャはくすくすと笑った。
「やっぱりヨタカと話してるといちばん元気が出る」
「…………そこはハジャルって言ってやれよ」
「ハジャルは世話を焼くのに忙しくてそれどころじゃないもの。やっぱりヨタカには人間の記憶があるからかなあ?」
俺が不自然に目を逸らしたことに、サーシャは気付かなかっただろう。
ひと呼吸おいてから彼女は俺に尋ねた。
「なんでヨタカには、記憶があるの?」
ハジャルに『拾われた』事情を、サーシャは既に知っていた。
「そうだな、地獄行きだったことを忘れるなってことかもな」
「あんたはどんな人間だったの?」
俺は、自嘲気味に笑った。
「そりゃあもう、ろくでなしだよ」
蘇る――暗い路地裏、男たちの悲鳴、血のにおい。
「お前みたいに好きな人間ってのも大切な人間ってのも誰一人いなかったし、それどころかたくさんの人間を殺した。それがいいことか悪いことかなんて考えずにな」
「……だけど、ハジャルが拾おうと思う何かがあったんでしょ?」
「何か、か……そんなのは俺にはわかんねえな。そもそも人を殺した人間に『何か』があるとは思えない。どんな事情で殺したかなんて、問題じゃない。ただ自分が人殺しだって事実があるだけだ」
はっきり言って、人間だった頃の俺は今よりも、『人間』とはいえない存在だったように思う。
それを後悔することもなく、ただ死に向かってひたすら走ることが、俺にとって生きることだった。
だから本当に、あいつがなぜ俺を助けようと思ったのかはわからない。
「そういうとこなのかもね、ハジャルがヨタカをもういっかい人間にしたいと思ったわけ」
ふと、何気ない口調でサーシャが言った。
その言葉の意味がわからなかったから知りたくて、俺は口を開く。
「サーシャ、」
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