「あんたの主はほんとに神様なわけ!?」
サーシャがここへ来て三ヶ月、何度聞いたかわからないその台詞を、今日も聞かされた。
ここはサーシャの私室。
彼女は女性の天使たちとも仲良くなり、たびたび部屋に招いては楽しそうに話していたが、愚痴を言いたいときにはいつも俺が呼び出されていた。
「今度は何やらかしたんだ、ハジャルは」
「昨日、庭を案内してもらった時よ!」
あれか、と言いかけて黙る。
たまたま庭をぶらぶらしていたらサーシャとハジャルがやってきたからなんとなくやりとりを眺めていたのだが、それがばれれば覗き魔扱いされるかもしれない。
俺はサーシャの回想を聞くふりをしながら、自分でもその時のことを思い出していた。
『植物学者の研究で、ついに夜に咲く薔薇が完成したのだ』
ハジャルははしゃいだガキのようにサーシャに語りかけていた。
『薔薇の力強い美しさは、夜の宮殿にはない魅力がある。ずっと憧れていたのだ、この庭に薔薇を咲かせることに』
確かに、薄明かりにぼんやりと照らされた赤い薔薇は綺麗だった。
サーシャも目を輝かせて薔薇の花壇を眺めている。
そんなサーシャを見て小さく笑ったハジャルは、植えられていた薔薇を一輪、摘み取った。
『可憐だが芯が強く美しい。――薔薇はそなたに似合うな』
ハジャルの声が妙に優しくて、それでいてはっきりしていたからか、サーシャは俯いて口ごもった。
『薔薇が似合うなんて……初めて言われたわ』
『そなたの周りの者は、見る目がなかったのだな』
ハジャルが赤い薔薇をサーシャに差し出し、彼女は躊躇いながら手を伸ばす。
が、
『ああ、そうだった。棘で怪我をしてはいけないな!』
さっと手を引いたハジャルは、薔薇の茎に指先を近づけた。
『私が棘をとってやろう。そなたが触れるように……うおおっ!?い、いたいいたい!!!刺さった!!!棘が!刺さったぞサーシャ!!!いたいいたい!!!』
のたうちまわるハジャルを、サーシャがジト目で見下ろしていた。
「あんなアホな奴、人間界にだっていなかったわ!そもそもあたしのこと好きとか言うわりにデリカシーはないし、ムードは自分でぶち壊すし!」
俺は、サーシャの机の上に置かれた花瓶に目を遣って苦笑した。
真っ赤な薔薇には、棘がひとつもない。
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