「ただし、断った場合、神は次の妻を娶ることは絶対にない。生涯を独りで過ごす。そして、その神が死んだらそいつの地位が空になる。世継ぎがいないからな」
ヨタカは淡々と答えた。
「もちろん誰かが代わりにその座に就く。ただ、それがすぐに決まればいいが、荒れたらやっかいだ。例えばこいつがお前に振られて死んで、跡目争いが起きたら、最悪、夜が来なくなる」
どちらにせよ大変なことではないか。
拒否するという選択肢があるとは思えない。
「神の寿命は人間には計り知れない長さだから、それをお前が見ることはないだろうけどな」
その代わり、とヨタカは付け加えた。
「花嫁になれば、お前もその命を授かる。つまりは神になるんだ」
――頭がくらくらしてきた。
「話の規模が大きすぎて……わけがわからないわよ」
あたしは頭を抱えて俯く。
いくら『悩みがなさそう』なんて言われるあたしでも、こんなのは手に負えない。悩むなという方が無理だ。
「難しく考える必要はねえ。ようはお前がハジャルを愛せるかどうかだ」
「……それが一番難しいんじゃない」
会ったばかりの――それも神様を愛せるかどうかなんて。
それに、時間をかけていいと言われても、時間をかけてわかることなのだろうか。
自慢じゃないが、あたしは恋とか愛とか、そんなのには免疫がない。
魚屋のおじさんとか、食堂のおばさんとか、よく花を買ってくれるお姉さんとか、好きな人はたくさんいたけれど――たぶん、そういう『好き』ではないんだろう。
助けを求めるようにヨタカを見ると、彼は少しだけ口元を歪めて笑った。
「毎日顔見てりゃ、そのうち嫌でもわかるさ」
その表情と声に、なんとなくひっかかりを覚えたけれど、その正体はあたしにはわからなかった。
「そうなの、かなあ」
「……まあ、花嫁にならないにしても、答えを出すまでここがお前の家だ。めちゃくちゃ広いからな、案内でもしてやるよ」
立ち上がったヨタカがぽん、とあたしの肩を叩いた。
黒髪に褐色の肌――その背中に付いている翼は真っ白で、ひときわ目を引く。
見上げると眩しいほどだった。
「……うん」
あたしが立ち上がると同時に、
「あ、案内は私がしよう!!!」
ガタッと音がしたと思うとさっきまでうなだれていたハジャルが立ち上がって叫んだ。
「ヨタカ!そなたは疲れているだろうから休め!私の方がこの宮には詳しいぞ!私しか入れない場所もあるしな!」
妙に必死で言い募るハジャルが子供のように見えて、あたしは思わず吹き出してしまった。
「じゃあ、ハジャルにお願いしようかな?」
そう言うと、ハジャルはぱっと顔を明るくし、ヨタカはますます呆れた顔で主を見ていた。
*
prev / next
(10/20)