「あー、そ、その、よ、よよよく来たな!そ、そなたが、さ、ささサーシャだな、ああ、うん、知っているが一応聞いただけでな、ああ、うん」
ヨタカに引っ張って行かれた広い部屋で、無駄に豪華な椅子に座ってあたしたちを待っていたのは、バイオレットブルーの髪と瞳を持つ青年だった。
彼が黙ってこちらを見た時は、その威厳に身を縮めてしまったのに――さっと目を逸らして口を開いた瞬間、威厳なんてものはきれいに消え去った。
「おいヘボ神。どこ見て言ってんだ。サーシャはこっちだぞ。ていうか一年ぶりの俺に労いの言葉もなしかよ」
あたしの隣に立つヨタカも呆れている。というか『主』にこんな口の聞き方をしていいのだろうか。
「きききき緊張しているのだ!!!しかたないであろう!!!」
しかし『ハジャル』と呼ばれていた青年は、ヨタカの態度を気にすることもなく――むしろそんな余裕はなさそうにガタンと椅子から立ち上がった。
顔は綺麗でかっこよくて、うっかりすると見とれてしまいそうなのに、挙動が不審すぎる。
「この人が勝手にあたしを覗いて勝手に花嫁に決めたって神様?」
「の、覗っ……!?」
ジト目で言うと、神様は顔を真っ赤にして慌てふためいた。
「そうだ、こいつはこういう女だぜ。神だろうが何だろうが、気に入らない奴には容赦がねえ」
隣でヨタカが得意そうに言う。
やけに知ったげだけれど、つまりそれはヨタカも覗いていたということではないか。
それを指摘しようとした時、神様――ハジャルと呼んでいいのだろうか――が静かに息を吐き、椅子に腰を下ろした。
顔を上げてこちらを見る彼の表情は、憂いを帯びている。
「そう言われても仕方のないことだ。事実、こちらが勝手に決めてそなたの意志とは関係なく連れて来たのだからな」
急に落ち着いた声音でそんなことを言われ、あたしは押し黙った。
「しかし人の子よ、神とはそういった……理不尽な存在なのだ。開き直るわけではないが、受け入れてほしい」
「……無茶なこと言わないで」
なんとか搾り出せたのは、そんな言葉だけだった。
すると、ハジャルは苦笑した。
「――せめて、もう少し詳しく説明をしようか」
説明なんて聞いたところで、と思ったが、何も聞かずに拒絶するというのもそれはそれで理不尽というものかもしれないと考え直し、あたしは頷いた。
すると。
「あー、説明なら俺がしてやるよ。あんたさっきの一撃でズタボロじゃねーか」
ヨタカが呆れ顔で主を指差した。
「な、何……そ、そんなことはないぞ……これはあれだ、年齢的なあれで手があれだ……」
ひじ掛けに添えられたハジャルの手は小刻みに震えている。
「あんたまだ若いだろ。しかたねえよな、今までちやほやされてきたお坊ちゃまが好きな子に初対面で覗き魔扱いされちゃ、そりゃショックも受けるよな」
ニヤニヤと楽しそうに言うヨタカに、ハジャルは顔を歪めた。
「傷ついてなど……おらん。神たる私がそんなことで傷つくものか……」
もしかしなくてもあたしのせいか。
だけど面倒なのでとりあえず口を挟まず黙っておくことにする。
prev / next
(8/20)