少年――ヨタカは、そこでひとつ、苦笑いをした。
「神様の」
「はああああああっ!!??」
「お前そんなんじゃハジャルに言葉が喋れないと思われるぞ。あっ、ハジャルってのはお前が嫁ぐ神様だ。夜の神様。本当の名前は長すぎる上に人間には難しくて発音できねーらしいからとりあえずなんかいろいろ縮めてハジャルだ。まあ顔は悪くないし背も高い。多少ボケてるけどな。とりあえず、天界行くぞ天界!」
矢継ぎ早に言ったヨタカは、あたしにずいっと右手を差し出す。
「ちょっと待ってよ、わけがわからない!だいたいあたしまだ16だし花嫁とか言われても実感ないしそもそも神様って何!?だいたいあんたは一体何者よ!天界ってなんなの!」
ヨタカの手を叩いて振り払い、負けじとあたしも息継ぎなしで叫んだ。
すると、ヨタカは少しだけ考え込み、再び口を開いた。
「神の花嫁に歳は関係ねえ。神がお前を嫁に欲しいって言ってんだ、それは嘘でも夢でもない、事実だ。俺は一応、神に仕える天使…みたいなもんだ。まあ詳しい話は後でするとしてとりあえず――」
ぐい、と腕を強く掴まれる。
「あんたの大好きなこの町……というかこの世界を壊さねえためにも、まずは天界に来い」
今度は、振り払おうにも全く力が及ばなかった。
「離して……!いきなりそんなこと言われても、わかんなっ……」
「俺は一年も待ったんだ。これ以上待たせんな」
「い、一年!?知らないわよ、わけわかんない!」
「俺の主はもっとお前を待ち兼ねてる。――俺なんかよりずっとだ」
不意に、声が陰ったように感じて、あたしが力を抜いてしまった瞬間。
「ぎゃあああああっ!何すんのよ!落ちる!やだ!落ちるってば!!!!」
手をしっかりと握られたと思うと強く引かれ、あたしは空中に浮かんでいた。
「俺の手を離さなきゃ落ちねーよ。いいから黙って着いて来いっての!」
「黙ってなんかいられるわけが……ぎゃあああああああ高いっ!死ぬっっっ!!!」
ヨタカが羽根を羽ばたかせると、あたしたちは夜空を急上昇した。
高い所が苦手だと思ったことはないけれど、さすがにこんな高さは無理だ。
「俺がついてんだ、死なせねーっての。ぶっとばすから喋ってると舌噛むぞ」
言うが早いか、ジェットコースター以上のスピードで、ヨタカは加速した。
「……っ!……っ!」
あたしはもう、喋るどころではなくて、気絶しないように必死で意識を保つことで精一杯だった。
だけど途中で、
「お前の手はあったけーな」
と小さく呟いたヨタカの声だけは、妙にはっきりと耳に届いた気がした。
とにかく、わけがわからないまま、あたしは『天界』とやらに連行されたのだった。
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