「『花嫁の使い』としての作法や決まりはここに書いてある。厳密に守る必要はないが、一応目を通しておいてくれ」
「めんどくせ」
「まあそう言うな。これがうまくいけばそなたは人間に戻れる」
「だな。さっさと読んでさっさと終わらせるぜ」
が。
「ああ、それは無理だ」
思い出したようにハジャルは言った。
「『花嫁の使い』は一年間、花嫁の観察をしなくてはならないのだ」
「観察……?変態っぽいな、何だそれ」
「どこが変態なのだ?まあいい、つまり神の選んだ花嫁が本当に間違いないのか確かめるということだ」
「間違いないんだろ?」
「ああ。だが万が一があってはならないのだ。何と言っても神の花嫁だからな」
「そんなの神でもないのに俺にわかるわけねえだろ」
「そうだ、だからまあ、つまりは形式的なものだということだな」
「形式とやらで一年間も俺の時間を奪おうってのかよ!」
「天使にとってはそう長くもないだろう」
「……チッ」
確かに、人間と天使の時間の流れは違う。俺が死んだのは百年近く前だが、まだここでは新入り扱いだ。
「くっそ!わかったよ!やればいーんだろやれば!」
「感謝する、ヨタカ。私の花嫁を、くれぐれもよろしく頼む」
主は、そう言って深く頭を下げた。
俺は天使長たちが泣いていた気持ちが、ちょっとだけわかるような気がした。
諸々の準備を済ませ、俺はすぐに人間界に発った。
サーシャという花売り娘を迎えに行くために。
「にしても、カミサマってのはやっぱ贅沢だよな」
きっと、人間なら一度は『運命の相手がわかればいいのに』と考えたことがあるだろう。
どんなに必死に愛しても、愛を返してもらえない――そんなことには絶対にならないのだから。
一方通行の想いがどんなに苦しいか、神様連中には決してわからないのだろう。
「まあ、俺にもわかんねーけど」
運命の相手がわかっていれば――その存在に希望を見出だせていたなら、俺はもう少し、生きていられただろうか。
意味のない自問を振り払い、俺は似合わない純白の羽根を、大きく羽ばたかせた。
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