「その手が汚れていると知っているからこそ、綺麗だと思ったのかもしれない」
不意にカズマ殿下が呟いた言葉が、私を戦場から夜の闇に引き戻した。
若い主は、矛盾しているのはわかっているが、と付け加える。
私はそれよりも、今の言葉の意図がわからず、首を傾げた。
「奪うことの重みを誰よりも知っている。それでもその剣は、誰よりも容赦がない。――何かを引きずることもしない」
カズマ殿下は自分の右手に視線を落とした後、再びゆっくりと顔を上げた。
「清も濁も飲み込んで、それでいて気負うことはなく、当たり前のように此処に立っている」
こちらを見据える瞳には、こちらがたじろいでしまう程に曇りがない。
「だからこそ美しいと――そして父上を守るこの剣は、何があっても折れることはないのだと、確信できる」
どうして、あまり似ていないはずのこの親子は、眼差しだけはこんなにも、そっくりなのだろう。
瞳には心が映っているからだろうか。
掛けられた言葉があまりにも真摯に響いて、私はしばらく声を発することができなかった。
陛下と私のやりとりを知るはずのないカズマ殿下。
まだ若く、迷いに揺れているカズマ殿下。
そんな主が口にしたその一言が、心からのものであることは、疑いようもなかった。
「もったいないお言葉です」
やっと言葉というものを思い出した私は、深く頭を下げた。
顔を上げて、再び主の目を見る。
「しかしカズマ殿下、折れない剣などありません。いつかは私にも――その時が来る」
そういうものなのだ。
『折れない剣』も、いつかは折れる。
それならば、その剣は『折れない剣』ではないのか。
いや、折れることをわかっていて、だからこそ『折れない剣』を望んでいる。
陛下も、私も。
折れることを知っていなければ、『折れない剣』にはなれない。
しかし、折れない剣などない。
この上なく矛盾している。
それでも、私はそのことを少しも不思議には思わないのだ。
「しかしその時までは――国王陛下だけではなく、カズマ殿下もお守りすることを、お許しいただけますか」
主の前に片膝を立て、跪く。
「許すも何も――たった今、守ってくれた」
私を見下ろした主は、父親を思わせる穏やかな笑みを浮かべ、言った。
「ありがとう」
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