「こういう言い方は間違っているのかもしれないが」
カズマ殿下は珍しく、前置きをしてから次の言葉を口にした。
「将軍の殺し方は、綺麗だな」
「綺麗、ですか」
「その姿も王宮を出発したときのままだ。返り血も浴びていない」
そして、少しだけ茶化すように言う。
「先に半分片付けたのはカザミ将軍の方だったしな」
「そうでしたか?」
私もそれに応えて笑ったが、おそらく主が言いたいのは、どちらが先に敵を一掃したかなどという、そんな話ではないだろう。
私は自分の掌を見つめた。
真っ白なままの、両手の手袋。
「カズマ殿下のその御手が汚れているとおっしゃるなら、私のこの手は殿下より余程、汚れていますよ」
そう、数多の敵の返り血で、血まみれになったこともある。
拭っただけではとても落とせないくらいに。
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『文官のような』と評され、時に揶揄された。
共に戦場に出た者には、『目だけが鋭利な刃物のようだった』と、あまり有り難くはない言葉を掛けられた。
二十年程前に起こったそれは、戦争というにはあまりに規模の小さな――小競り合い程度の衝突だった。
しかし、万が一こちらが敗走するようなことになれば、情勢は極めて悪くなる。そんな危険を孕んだ戦いだった。
国中が張り詰めた空気に包まれる中、私は一人、別のことを考えていた。
これから戦う国には――妹が嫁いでいる。
この戦いで妹の命が脅かされることはないだろうが、彼女の夫は、軍人だった。
幼い頃は、私と結婚するなどと言っていた妹が、心から幸せそうな笑顔で嫁いでいった、温厚そうな青年。
会ったのは一度きりの彼も当然、戦列に名を連ねているだろう。
怖い、と初めて思った。
死ぬことが、ではなく、殺すことが。
死ぬことは、始めからずっと怖い。それは忘れてはいけない感情だと思っていた。
だが、殺すことは――?
この恐怖は、自らを死に近づける、取り払うべき感情ではないのか――?
答えが出ないまま、私は戦場の土を踏んだ。
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