現国王が王位に就いてから、私たち武官の出番は格段に少なくなった。
その知性と機転で、血を流さずにあらゆるものを手に入れた私たちの主君。
今も続く平和な治世。それでも一度だけ、大きな危機があった。
あれはまだ、カズマ殿下の母君がご健在だった頃のことだ。
あの戦いは、忘れることができない。
正確に言うと――忘れる気はない。
『君の剣は、今にも折れそうだ』
『力を貸すよ』
『その剣を、――――』
そう、私が生きている限り、忘れることなど、ありはしないだろう。
私の『今』を定めた、その言葉を。
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再び、暗闇が静けさを取り戻した時――私の目の前には幾つもの屍が折り重なって倒れていた。
血液を軽く払い、剣を鞘に戻す。
振り返ると、カズマ殿下の足元にも同じ光景が広がっていた。
ひとつ息を吐きながら、剣を収める主。
夜の闇より深い漆黒の瞳に、今はもう生きてはいない襲撃者たちは、どう映っているのだろうか。
カズマ殿下は、赤黒く染まった手袋を地面に投げ捨てると、無表情に頬の返り血を拭い取った。
『よそ行き』で上げていた前髪は完全に乱れ、目元に落ちてきている。
窮屈だとぼやいていた衣装も、至る所が血に染まり、もう二度と着ることはできないだろうと思われた。
それを見下ろしたカズマ殿下の表情が、少しだけ変化する。
微かだが、眉間には皺。
「お妃様のことを、お考えですか」
不躾な私の言葉に、カズマ殿下が振り返る。
しかし、私の発言を咎めることはしなかった。
「――洗い流しても、こんな手で少しでも触れれば、汚してしまう気がする」
主の声には、いつになく力がない。
「いつも、――」
何かを言いかけて、カズマ殿下はふと、私の後ろに散乱する屍に目を遣った。
そして、小さく苦笑する。
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