みすずが泣き止んだ頃、俺はあとひとつだけ、みすずに言ってやりたいことを思い出した。
「みすず、今日のこと、俺はちょっとだけ怒ってるんだ」
みすすが、ハッとしたように身体を起こす。
「……ごめんなさ、」
「違うよ。怪我のことじゃない。みすずが他の男に噛み付こうとしたことだ。……俺にはそんなことしないくせに」
不機嫌な声で呟くと、みすずはおろおろと目を泳がせた。
「えっ!?あ、あれはあいつを殺すために……」
「何の為か、なんてどうでもいいんだよ」
いつもとは逆の立場になっているからか、みすずは「え、と……うう……ええ〜?」などと情けない声を出している。
俺は吹き出してしまいそうなのを何とか堪えた。
しばらくそんなことを繰り返していたみすずは、困ったような顔で、怖ず怖ずと口を開いた。
「……義高さん、噛み付かれたいんですか?」
「うん、死ぬときはみすずに喉を噛み切られて死にたい」
大真面目な顔で言うと、みすずはますます困ったように眉を下げた。
こんな表情は初めてで、可愛い。
「……そんなこと、できません」
みすずは、縄で縛られた俺の両手を持ち上げ、指先をくわえると、軽く歯をたてた。
心地良いくらいの軽い痛みが、指先に走る。
しばらく指先を弄んでいたみすずは、それから俺の首筋と――そして耳元に、同じことを繰り返した。
「……っ」
背筋がぞくりとする。
みすずのそれは、じゃれた子犬が飼い主を甘噛みするようなもので、こんなのは痛みのうちにも入らない。
それでも、みすずの歯が、舌先が、唇が触れたところから、痺れるような感覚が広がっていく。
耳元に、みすずが何度も何度も噛み付くそのたびに――なんだかもう、めまいがしそうだ。
「みすず、縄、解いて」
「……でも」
「解いて」
「……『発情した』ですか?」
「うん。みすずは?」
「発情、してます。最初からずっと」
「だったら解いて」
「……はい」
ぶちり、という音を聞いたのを最後に、俺は思考を放棄して、本能に身を委ねた。
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