■恋のレッスン〜人妻編〜
「龍之介、夕食ができたわ。お仕事のきりが良ければ食べましょう?」
高遠の仕事部屋に少し遠慮がちに覗く彼の新妻――マリーは、白い割烹着を身につけていた。
「ああ、ちょうど仕事がひとつ片付いたところだ。いただくよ」
テーブルに並ぶのは、それにそぐわない和食の数々。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、箸を手にする。
「どうかしら?少しは上手になった?」
「ああ。故郷の母親よりうまいんじゃないか?」
「もう、龍之介は大袈裟だわ」
「そうだな、少し大袈裟だったかもしれない」
「やっぱり!ひどいわ!」
「でも本当にうまいよ、マリー。そんな顔をしなくていい」
不審の目を向けてくるマリーに、高遠は苦笑した。
彼の視線は、無意識に妻の割烹着に移る。
『日本のお嫁さんが着ているエプロンを私も着てみたいわ!』とせがむマリーに『故郷の母親を思い出して萎えるからやめてくれ』と断った高遠だったが、押し切られて用意させられた割烹着を身につけたマリーは思いの外かわいらしく、それ以来彼女は家事をするときはこの服装である。
夫の視線に気付いたマリーの表情が、警戒するようなものに変わった。
「……何見てるの、龍之介」
「いや、この食事がもっと美味くなる方法があるな、と思ってね」
マリーはますます身構える。
その表情には、夫の言いそうなことを大方予想しているのだろう、羞恥の色も浮かんでいた。
はじめの頃はきょとんとしていたものだが、と高遠は笑みをこぼしながら言った。
「愛する妻に食べさせてもらえれば、美味い食事がますます、」
「いやよ!龍之介のばか!」
高遠に最後まで言わせず、マリーは叫ぶ。
「つれないな、俺のお嫁さんは」
「何がお嫁さんよ!かわいい言い方をしたってだめなんですからね!だいたいそんなお行儀の悪いこと、しないわ!」
「誰も見てなんかいないさ」
「そういうことではないの!」
「じゃあどういうことなんだ?」
恥ずかしいのだ、とは白状したくないらしいマリーは悔しそうに唇を噛む。
それを見た高遠は、小さく噴き出した。
「料理はどんどん上達していくのに、恋のレッスンの方はなかなかステップアップしないな」
「その話をいつまでもするのはやめてちょうだいったら!」
照れ隠しにぷりぷりと怒る妻を眺めながら、高遠は冷めないうちにと料理を口に運んだ。
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