■昔話と夜の空
少年は、興味なさげに周囲の人々の話を聞いていた。
今夜は、少年の暮らす小さな町の、小さな祭である。
「もう千年近くも昔のことさ」
老人たちというのは昔語りが好きなもので、何度も繰り返したであろう話を、今夜も生き生きとした瞳で語っている。
「この町に住んでいた少女が、神様の花嫁になるお話だ」
この町ではあまりにも有名な伝承。
もちろん、千年も前から生きている人間などいないのだから、本当にあったことなのかは誰も知らない。
花売り娘をしていた、身寄りのない少女。
そんな少女がある日、夜を司る神に見初められ、天界へと誘われる。
彼女がこの地と別れ、神の花嫁になってくれたおかげで、この世界には夜が来るのだという。
今も少女は、神として自分たちを見守ってくれているのだ――と、ありきたりな伝承は締め括られる。
「ちょうどあんたみたいな褐色の肌をした天使が、迎えに来たんだと」
それこそ飽きるほど何度も聞かされてきた言葉に、少年は呆れ顔を返した。
「この国の人間には、その肌は珍しいからね。皆、つい言いたくなってしまうんだろう」
少年の表情に気付いた若い男が苦笑する。
「なんと言っても、天からの遣いだ。有り難がるのも仕方のないことだよ」
少年は肩を竦めた。
「両親が死んだから今の家に引き取られてきたってだけだ。空の上から来たわけじゃねえ」
もちろんそのことは、町の人間なら誰でも知っていた。
小さな町なのだ。皆が顔見知りと言ってもいい。
「人は皆、天からやってきて、天に帰っていくのさ」
若い男は、夢見がちなところがある人物だった。
見目麗しいため、そんなところも魅力的に映るらしく、懸想している女も多いらしい。
「俺はそんな綺麗なところには、いた覚えはないぜ?」
少年が手をひらひらと振って答えると、若い男は先程の少年を真似るように肩を竦めて見せた。
少年は、祭りの会場からこっそりと抜け出した。
賑やかな場所が嫌いなわけではない。
いつもの、見晴らしのいい丘でぼんやりと夜空を見上げる時間の方が、好きなだけだ。
『人は皆、天からやってきて、天へ帰っていく』
そんな言葉には何の感慨も抱かないが、こうして見上げる夜の空は、少年にとって不思議と懐かしく思えた。
愛おしい何かがそこにあるような、何かが自分を迎えてくれるような――もちろんそんなものは錯覚だとはわかっていたが。
今夜も少年は、果てのない夜空を、ただ、気の済むまで眺め続ける。
その後ろ姿は、何かを待っているようにも見えるのだった。
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