■傭兵と少女だった二人の思い出話
「そういえば一度も聞いていなかったが、ペガサスに乗って飛んでいたとき、あの馬とどんな話をしていたんだ?」
昼下がりの田舎道を並んで歩きながら、妻に声を掛けた。
妻は、記憶を手繰り寄せるように視線を斜め上に向ける。
「そうですねえ、何年も前のことですし動転していましたからあまり覚えていないのですが……トバリのことを『あのガキはジゴロにでもなるつもりか』とおっしゃっていましたね」
思い立って尋ねてみたことを一瞬で後悔するはめになった。
「幻の生き物のくせにやたら俗っぽい言葉を知ってるな。――まあ、そう思われてもしかたないけどな」
頭を掻くと、妻は立ち止まって両の拳を握り、こちらを見上げた。
「そんなことありませんよ!トバリはちゃんと働いていますし!」
「たいした金にはなってない」
傭兵からはさすがに足を洗った。守るものがある人間には向かない職業だからだ。
代わりに就いた職は、命の危険はないがその分賃金も低かった。
「契約だというのに、私のお金を受け取ろうとしないじゃありませんか」
妻は拗ねるように唇を尖らせる。いまだにこの結婚を妻は『契約』と表現する。
「受け取ってる。俺たちは結婚したんだから、俺の金はあんたの金だ。だから、その金で雇われてる」
「ややこしい屁理屈を言わないでください」
「それなら契約の話は出すな」
そっけなく言い放つと、妻はしばらくきょとんとしてから、小さく笑いながら歩き出した。
「ふふっ、やっぱりトバリはお人よしですね」
その言葉には、さすがに顔をしかめざるを得なかった。
自業自得ではある。しかし、結婚してからはそれなりにいろいろなことを正直に伝えてきているはずだ。
しかたない。
まだ不十分ということなのだろう。
前を歩く妻の右手を掴み、軽く引いて振り返らせる。
不思議そうな妻の瞳を見下ろして、ため息をついた。
「お人よし呼ばわりには慣れたし今さら否定するのも面倒だがな、この場合はお人よしなんかじゃなくて――」
頬に指を滑らせると、妻は小さく肩を竦めた。
目を閉じる暇も与えず重ねた唇を、すぐに離す。
伝えなければいけないことが、あるからだ。
伝わるまで、信じてもらえるまで――伝えなければいけないことが。
さて、どう伝えようか。
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