「ところでお篠、布で覆ってしまう他に、アレを封じる方法はないんだろうな?」
期待はしていないが、一応確かめておこうと藤吾郎は尋ねた。
「ええ、今のところは……それどころか下手をすれば着物を身につけていても話しかけてくることさえあります。初めての時は、そうでしたから」
「何て欝陶しい妖怪だ……」
けれど、と、お篠は何かを思い出したように呟いた。
「昼間には、出てきたことがないように思います」
「へえ?」
「昼間、着物を脱いで鏡で確かめたことがあるのですが、そこに兄の顔はありませんでした。夜に着替えるときは必ずと言って良いほど話しかけてきますが、そういえば朝は一度もありません。着替えているときには肌が出ているはずなのに」
記憶を辿るように、お篠は言う。
「夜は、私が着物を脱いだ拍子に喋り始めると再び着物を身につけてもしばらくは喋っているんです。だから昨晩は、藤吾郎さんが簡単に黙らせてしまって少し驚きました」
「そうだったのか。てっきりあれはそういうものだと思っていたけれど」
「もしかして藤吾郎さんは兄よりも力があるのかもしれませんね」
「俺も妖怪かのように言うのはよしてくれ、お篠」
「まあ、そ、そんなつもりでは……」
お篠はばつが悪そうにまごついていたが、しばらくしてちらりと藤吾郎を見た。
「藤吾郎さん、確かめてみますか?」
「え?」
「今、私の背中にはきっと兄の顔はありません。昼間には出ないとはっきりすれば、いろいろと……手立てはありますから」
「あ……ええと、その……」
それに、と、お篠は呟いた。
「藤吾郎さんに初めて見られた私の身体があんな不気味なもので……私は本当に、辛かったのです。だからせめて今、少しでも綺麗な姿を、見てほしいのです」
もちろん藤吾郎はお篠自身を不気味だと思ったわけではなかったから、気になどしてはいなかったが、お篠がそう思ってくれていることに喜びを感じた。
例え彼女が自分を単なる『頼みの綱』としか思っておらず、自分と同じような感情は抱いていないとしても――それでも、そのけなげさに胸が熱くなる。
ぼんやりと頷くと、お篠は藤吾郎に背を向けた。
「……いませんか?」
するり、と着物が白い肌を滑り落ち、その動きのなまめかしさに、藤吾郎はごくりと喉を鳴らした。
――あらわになった背中は、染みひとつなく、美しかった。
「ああ、いない……」
答えながら、藤吾郎は半ば無意識に、お篠に手をのばす。
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