「次に目を覚ましたら、私の中にいたのだと、兄は言いました。おそろしくておそろしくて……私は背中の皮を剥いで肉を削いでしまいたいくらいでした」
しかしそれもできず、お篠にとっては気分の悪くなるような『共同生活』が始まった。
「私の感じることがわかる兄は、私が心に秘めていたいくつかの思いをあっさりと暴いては下品な言葉で嘲りました。そして私が泣くと、心底たのしそうに笑うのです」
けれども、着物で隠していれば妖怪は見咎められることはない。
それが周囲に露見したのは、輿入れの晩だった。
「どうすればいいかわからないまま、旦那様の手にこの身を委ねました。着物が剥ぎ取られた瞬間――」
聞き慣れてしまった下卑た声、絶叫する夫。
お篠は目の前が真っ暗になった。
「当然すぐに離縁され、家の者にも妖怪のことが知れました。もちろん、私以外誰も声は聞こえませんでしたから、ただ動く顔が背中にある、ということしか皆はわかっていません。それでも十分に気色の悪いものとして彼らの目には映ったでしょう。――私に憑いているのが兄だとわかり、身内の恥を広めるわけにはいかぬと、寺で祓うことすら許してもらえませんでした。次は隠し通せ、と」
しかし、それは無理な話であった。
同じことが二度繰り返され、次に選ばれたのが藤吾郎である。
「持参金を弾めば喜んで貰ってくれるだろうと母が父に進言しました。父は昔から藤吾郎さんのことを好ましく思っていましたし、最後の頼みの綱だ、と悲壮な表情で言いました」
それでお篠は離縁を恐れていたのだと藤吾郎は納得した。
もちろん三度も離縁されているのだから、もとより恐れるのも無理はないが。
「俺にとっては幸運だった、と言うべきか。けれどお篠の気持ちを考えたら、そんなことは言ってはいけないだろうね」
藤吾郎が苦笑すると、お篠は目をまんまるくした。
「そんな、私もっ……いえ、私の本当の姿を知ってなお、藤吾郎さんがそのように言ってくださるなんて、もったいないことです」
お篠が何かを言いかけてやめたように思ったが、藤吾郎は特に気に留めなかった。
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