「まずは両足。それから両腕を噛み切って、最後に喉仏。思いきり苦しんだら、楽にしてあげますね」
「ひ、ひいいっ……!」
「みすず、やめろ!」
俺の声は、やはりみすずには届かない。
みすずが男の右足を持ち上げる。
どうすればいい。
このままでは、みすずが人を殺してしまう。
駄目だ。絶対に、駄目だ。
「……すず」
俺は、震える腕を支えに上半身を起こした。
「みすず、こっち向け!他の男なんて見るな!俺を見ろ、この浮気者……っ!!!」
腹に渾身の力を込めて、叫ぶ。
「……!?」
みすずが、驚いた顔で振り返った。
その目には、先程まで浮かんでいた狂気の色はなく――ただの戸惑う少女の瞳だった。
こんな時なのに、可愛いと思ってしまう俺は、どうかしている。
彼女は、男の足を取り落としていた。
なんとかみすずのそばまではいつくばって行き、しゃがみ込むみすずの身体に縋り付く。
「みすず、処刑っていうのは…個人がやっていい、ことじゃ、ないんだ……もしもそれをやってしまったら…処刑されるのは、みすずの、方、になる……」
一言喋るごとに、身体のどこかが痛む。俺は顔を歪めながらも、みすずから目を逸らさなかった。
「それは、困る、んだ……みすずが捕まったりした、ら…いなくなったら、困るんだ……俺を、独りにしないでくれ、俺の…そばに、ずっといて、くれ……お願いだから」
もう、みすずがいない生活なんて考えられない。
どんなに道を外れた愛し方でも、人間ではなくても、みすずは――俺の世界で一番大切な、恋人だ。
「……義高さん」
みすずの顔が、くしゃくしゃになった。
「義高さん……義高さん……ごめんなさい。私、義高さんをひとりになんて、しない。ごめんなさい……!」
子供のように泣きべそをかくみすずを見て、俺はやっと胸を撫で下ろした。
「うん、だから、一緒に家に…帰――」
最後まで言うことができず、俺はゆっくりと意識を手放した。
みすずが俺を呼ぶ声が、ぼんやりと響いていたような気がする。
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