リクエスト | ナノ


 

『こいつに触れたくて触れたくて仕方なかったよ。同じ家に居たらきっと犯していただろうな。しかし結局追い出された俺はそんな無体な真似はせずに済んだが、欲は消えずにむしろ募った』

藤吾郎の驚愕の表情を意にも介さず、男はニタニタと笑いながらあけすけに語り続けた。

『篠に触れたい、ひとつになりたいと、願いながら死んだ結果がこれだ。気付いたら俺は妹の背中に住み着く妖怪になっていた。だが、これでは結局こいつには触れない。背中に閉じ込められてるんだからな。けどな、代わりに篠が感じることが手に取るようにわかるようになったんだよ。まるで自分のことのように』


その恍惚とした表情に藤吾郎は強い嫌悪感を覚えた。

お篠の肩も小さく震えている。


『いやあ、一心同体ってのはだめだな。思っていたよりいいもんじゃねえ。別の人間だからこそ触れるんだ。ひとつになっちまったら触れねえんだよ』


お篠の美しい素肌の奥にこんな不気味な妖怪がいることが、藤吾郎は我慢なかなかったが、どうすることもできず、黙って男の話を聞くしかなかった。


『篠の感じることがわかるってのはたまらねえもんだが、俺がこいつに何かを感じさせることはできないんだからな。いや、あるっちゃあるな。不快感とか気味悪さ、なんてのが。あとは今感じている、絶望か?』


びくり、とお篠が身を竦める。

小さく藤吾郎の名を呟いた。


それを聞いた男は『ひひひ』と下品に笑った。


『前のダンナサマ方は声も聞こえねえってのにこの顔を見ただけで気味悪がって篠を追い出しちまった。声が聞こるてめえにゃ尚更気味が悪いだろ?離縁していいんだぜ?せめてこいつを誰にも触らせずにすむなら、少しは妖怪になった甲斐があるってもんだ』


「俺を見くびるなよ、妖怪」

藤吾郎は、間髪入れず言った。

そして、背を向けていたお篠を自分に向き直らせる。

「構わない」

「え……」

「そんなことは、構わない」

藤吾郎は繰り返した。


「お篠、俺はおまえと離縁する気はないよ。だったらお篠も、構わないだろう?」


もちろん動揺はしている。

しかし、だからと言ってお篠への積年の想いは決して薄れるものではなかった。

むしろ、自分にしか彼女の夫は務まらない、と熱に浮かされたような使命感のごとき感情がふつふつと沸き上がってきた。


「本当に……?こんな気味の悪い妖怪が憑いているというのに、藤吾郎さんは私が不気味ではないのですか……?」

お篠は不安げに顔を歪める。

「兄上様には悪いが妖怪は確かに気味が悪い。けれどお篠は、美しいよ。それに言っただろう?俺はお篠がずっと好きだったんだ。離縁したくないのは俺の方なんだよ」

「藤吾郎さん……」

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