すると、
『ここだよここ。たった今てめえがいやらしい手で撫で回してこいつが思わず興奮しちまったとこだよ』
下卑た声と言葉が再び響き、藤吾郎は硬直した。
『篠、観念してトーゴローさんに見せてやれや』
「……っ、嫌……」
男の声は、壁の方から聞こえていた。
そしてお篠は、涙をぽろぽろと零している。
焦がれていた女の涙には動揺していたが、それ以上にとんでもないことが起こっていたから、藤吾郎は震える声でお篠に言った。
「お篠、背中を……向けてくれないか」
「や、嫌っ……!」
『おう、正解だぜトーゴロー。ほら篠、さっさと旦那様の言う通りにしちまえ』
力なく啜り泣くお篠の肩を掴み、できる限り優しい手つきで、藤吾郎は彼女に後ろを向かせた。
そして――
「う、うわあああああっ!」
目に飛び込んできた光景に、藤吾郎は大きくのけ反った。
お篠の白く美しい背中には、汚い髭を生やしたむさ苦しい男が、『住んで』いたのだ――。
皮と肉の間に、絵ではなく生身の人間としか思えない顔が、入れ墨のように存在している。
入れ墨と違うのは、皮膚の表面に彫られたものではどう見てもないこと。
それから、その生首のような顔は、動くこと、だ。
「誰だ、お前……」
『ほう、誰だ、と来たか。今までの男は皆、これは何だと血相を変えて叫んでいたぜ。若いくせに度胸があるのか?それとも他の男たちとは違うってのかね?俺の声も聞こえるようだし』
目を見開いて驚愕の表情を浮かべる藤吾郎に、背中の男はニヤニヤと厭らしい笑みを向けた。
『俺は篠の生き別れの兄だよ。つまりてめえの義理の兄上様だぜ、敬いやがれ』
髭面を愉快そうに歪め、男は言う。
『俺と篠は妾の子でな。篠が幼い頃に母親が死んで、篠は家に残されたが俺は追い出されたんだよ。おなごの篠は嫁ぎ先によっては家の益になるかもしれねえからな』
お篠が妾の子という話は聞いていた。
その妾を愛していたお篠の父親は忘れ形見である彼女を可愛がっていたという話だ。
しかし、兄がいたとは藤吾郎も全く知らなかった。正妻との間に息子がいる為、用済みになったのであろう。
気の毒な話ではある。
『しかしまあ、父親を恨む気はねえ。むしろ助かったくらいさ。なんといっても俺は十以上も歳の離れた実の妹に懸想していたんだからよ』
「なっ……!?」
藤吾郎は思わず腰を浮かせた。
あまりにも聞き捨てならないことを背中の男が口にしたからだ。
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