少女は何故か楽しそうにクスクスと笑ってから、不意に言った。
「トバリの話、聞かせてくださいませんか?」
「……俺の話?」
眉を潜めて振り返る。
「はい。私、この旅のあいだ自分のことばかり考えていたからトバリのことを何も知りません。何でもいいんです。トバリの話が聞きたいなって、今とっても、思いました」
言われて気付く。
思っていたよりも自分が、少女のことを考えていたということに。
雇い主だから当然と言えば当然だが、今この瞬間まではどうやらほとんど一方通行だったらしい。
しかし、同時に、苦笑するしかなかった。
「話せるような面白いもんは持ってない」
「面白くなくていいんです。トバリの話が聞きたいのですから」
「よく意味がわからないな。何でもいい、というのも困る」
「そうですね、例えば……どんな風に暮らしてきたか、とかでしょうか」
それは、ますます苦笑してしまう要求だ。
「面白くないどころか、聞いても何の感慨も抱かないぞ」
前を向き、再び歩き始める。
少女の頼りない足音も、続くように響いた。
「型に嵌まったたろくでもない人生だ」
「ろくでもない、のに型に嵌まっているのですか」
「矛盾することでもないだろう。同じような奴はたくさんいる、特別珍しいわけでもないという意味だ」
食いぶちを減らすために親に捨てられ、汚い路地裏で汚いことをして何とか生き抜き、似たような荒んだ目つきの者たちに混じって戦争で小金を稼ぐ。
そんな暮らしは、悲劇の主人公を気取れるほど、特殊なものではない。
ありふれた『不幸』で、もはやそれは『不幸』といえるのかもわからない。
そのせいか、悲しいだとか辛いだとか、そういう感傷に浸った覚えはないように思う。
生きていたいと強く思いもしないが、取り立てて死にたいと願うこともない。
近頃は、この国も安定していてでかい仕事は来ない。
代わりに多少、暮らしやすくなったが、有り金が尽きれば他国に流れて行くのだろう。より汚い場所に、金は湧く。
――というようなことを、できるだけ平淡な口調で少女に話す。
つまらない、と興味を失ってもらえればいい。
事実、ありふれたつまらない話だ。
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