『卑怯な主人ですまない』
その意図を、彼女は察することができなかっただろう。
愛しいノワール。
私がそう名付けた、漆黒の猫。
とびきり美しい彼女は、そう――人間だ。
人間は嫌いだ。
だが、彼女が愛しい。
一目見た瞬間に、本能が叫んだ。
だから、『酔狂な男』を演じたまま、彼女を落札した。
金で女の身体と心を買うなど、おぞましくて吐き気がする。
そんなことを平気でする男たちを、心底嫌悪していた。
それは、彼女も同じだろう。
だが、彼女は生きなくてはならないのだから、仕方がない。
嫌悪しながら、受け入れるしかないのだ。
そんな男たちと同じことを、私はした。
所詮、自分も吐き気を催すような愚劣な男であることはわかっている。
だからこそ、他人と極力関わりたくない。
自分が最も嫌悪しているのは、自分自身なのだ。
それでも、彼女に、そんな風に思われたくなかった。
そして、逃がしたくなかった。
だから、その首筋にリボンを巻き付けた。
『ノワール』と、名前をつけた。
『私は猫を買ったのだ』。
それなら。
猫にしか興味を抱かない頭のおかしな男。
それなら。
彼女を愛してもいいのではないかと、そう思ったのだ。
ユアン・クロフォードは人間を愛せない。
それならば、この穢れ切った劣情を、悟られることはない。
愛玩動物なのだ。彼女は。ノワールは。
頭のおかしな男だと信じている彼女は、健気に猫の真似事を続けている。
それが、有り難い。
自分は人間だと言われてしまったら、彼女を愛していい理由が、なくなってしまうからだ。
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(9/11)