リクエスト | ナノ


 

ご主人様は私の腕を引くと、傷口を舌でなぞった。


「あの……ご主人様」

「痛かっただろう、かわいそうに」


言いながら、私を見上げる瞳はいつもと変わらない。

私の眼に、なまめかしく映るのは、この気持ちのせいだろう。


「ご主人様、あの、それは自分でやります。猫は……ふつう、そうします。ご主人様に舐めてもらったり、しませんから……」


すると、ご主人様は一瞬、虚をつかれたような顔をした。


しかし、すぐその表情は消え、微かに笑う。


「そうだな。自分でするものだ」


促すように、腕を私の顔に近づける。


「傷が残ったら困る。早く治療しておくといい」

「はい、あの、後で……」

「今だ。あまり心配をかけないでくれ」


腕の傷ごとき、とご主人様が思わないことはわかっている。

大切な『芸術品』なのだ。猫は。



躊躇ってから、私は自分の腕に舌を這わせた。


たった今、ご主人様が同じことをした場所に。


そして、そうする私をご主人様がじっと見つめている。


ぴちゃり、と二匹の猫がミルクを飲む時のような音をたててしまい、唇を離す。


「怪我だけじゃなく、熱もあるのか?」

「いいえ……そんなことは」

「それならよかった。また傷口に血が滲んでいる」


仕方なく、再び腕に唇を寄せる。


私は猫ではない。

猫だと言いながら、猫だとは思っていない。


だから、今のこの光景が、『怪我の治療』になど、見えないのだ。


さながら、自分を慰める行為を、見られているかのような。

惨めさと羞恥に、頬が熱をもつ。


「……もう、いいですか」


強制をされていたわけではないのに、私はそう問うた。


「ああ、十分だ。おいで」


満足そうに、ご主人様が私に両手をのばした。

腰を掴んで引き寄せ、膝に乗せる。

向かい合わせは、変わらない。


鼻先に口付けられる。


「可愛いノワール」


そう囁く唇は、私の唇には触れない。




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(7/11)

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