リクエスト | ナノ


 

『美しい、私の特別な猫。特別のしるしをあげよう』


そう言ってご主人様は、どこから取り出したのか、赤いリボンを指でくるくると弄んだ。


『しるし……?』


『そうだ。私は猫たちに装飾品をつけることはしない。毛並みが乱れるからな。だがきみは特別だ。だからこうして、結んでおこう』


そう言うと、ご主人様は赤いリボンを首にするりと結わえた。

蝶々結びされたリボンに、触れてみる。


『あの、ご主人様……』

『ノワール』

『え?』

『きみの名だ。今日からきみは、ノワールだ』

『ノワール……』


名前をつけられた。

首にはリボンを結ばれた。

特別だと言われた。



どうして特別なのだろう。

何がこのひとの、心に触れたのだろう。


だけど、確かなことは、私がこのひとの瞳に『猫』として、映っていること。



猫でいれば、愛される。


人間では、愛されない。



生きていくため、私は猫でいることを選んだ。



****



二匹の猫には、専用の部屋がある。

ご主人様は間違いなく『酔狂』だ。


そして私は、その部屋ではなく、ご主人様の部屋で暮らしている。


ほとんど外出しないご主人様は、書斎で何か書き物をしているか、読書をしている。


その間、私は庭を散歩したり、陽のあたる部屋でまどろんだりしている。

本当に、猫の生活だ。


呼ばれればすぐに、ご主人様の元へ行く。


ご主人様は、私を膝に乗せて撫でたり、椅子に座らせて髪を梳かしたり、新しい服を着せてそれを眺めたりする。


食事は、ご主人様が食べさせてくれる。

初めの日のように入浴も手伝うと言われていたけれど、それはなんとかやめてもらい、その代わりに食事を食べさせてもらうことになってしまった。


眠るのも、ご主人様のベッドだ。


『きみが来てからよく眠れる』


私の瞼に口付けを落としながら、ご主人様は言う。

その表情は変わらないけれど、幸せそうな声で。


返事の代わりに、私は、ご主人様の指や耳たぶを甘噛みする。


はあ、と息を吐いてから、ご主人様は私の背中に腕を巻き付ける。


『おやすみ、ノワール』

『おやすみなさい、ご主人様』



私にとって、飼われることが、生きていることだった。



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