『美しい、私の特別な猫。特別のしるしをあげよう』
そう言ってご主人様は、どこから取り出したのか、赤いリボンを指でくるくると弄んだ。
『しるし……?』
『そうだ。私は猫たちに装飾品をつけることはしない。毛並みが乱れるからな。だがきみは特別だ。だからこうして、結んでおこう』
そう言うと、ご主人様は赤いリボンを首にするりと結わえた。
蝶々結びされたリボンに、触れてみる。
『あの、ご主人様……』
『ノワール』
『え?』
『きみの名だ。今日からきみは、ノワールだ』
『ノワール……』
名前をつけられた。
首にはリボンを結ばれた。
特別だと言われた。
どうして特別なのだろう。
何がこのひとの、心に触れたのだろう。
だけど、確かなことは、私がこのひとの瞳に『猫』として、映っていること。
猫でいれば、愛される。
人間では、愛されない。
生きていくため、私は猫でいることを選んだ。
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二匹の猫には、専用の部屋がある。
ご主人様は間違いなく『酔狂』だ。
そして私は、その部屋ではなく、ご主人様の部屋で暮らしている。
ほとんど外出しないご主人様は、書斎で何か書き物をしているか、読書をしている。
その間、私は庭を散歩したり、陽のあたる部屋でまどろんだりしている。
本当に、猫の生活だ。
呼ばれればすぐに、ご主人様の元へ行く。
ご主人様は、私を膝に乗せて撫でたり、椅子に座らせて髪を梳かしたり、新しい服を着せてそれを眺めたりする。
食事は、ご主人様が食べさせてくれる。
初めの日のように入浴も手伝うと言われていたけれど、それはなんとかやめてもらい、その代わりに食事を食べさせてもらうことになってしまった。
眠るのも、ご主人様のベッドだ。
『きみが来てからよく眠れる』
私の瞼に口付けを落としながら、ご主人様は言う。
その表情は変わらないけれど、幸せそうな声で。
返事の代わりに、私は、ご主人様の指や耳たぶを甘噛みする。
はあ、と息を吐いてから、ご主人様は私の背中に腕を巻き付ける。
『おやすみ、ノワール』
『おやすみなさい、ご主人様』
私にとって、飼われることが、生きていることだった。
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